■ビクフリリレー小説 第一話 (作:樹林) ■
もう、年の瀬も押し迫った時節。 この地方は厳しいと言える程までの酷い冷え込みはない。 けれども、雪が舞い降りる事は珍しくもなく。 かつてノースウインドウを呼ばれたこの地は、今、新同盟軍の本拠地としてのはじめての冬を迎えていた。 そんな、ある日の朝。 「おい、まだ寝てる気かー?」 ビクトールは隣でまだ毛布に包まって微動だにしない相棒の背を揺すった。 朝、という時間には少し遅い。 本来なら日差しを一杯に受けている筈の窓縁は、今日は折からの雪で冷たく冷えたままだ。 「…寒い…」 やはり身動きしないまま。 フリックがもごもごと呟いた。 「まあ、今日は非番だからいくら寝ててもいいけどなあ。」 その後ろからごそごそと毛布に潜り込んでフリックを抱き込み、ビクトールは頬を摺り寄せる。 「しっかし、お前、ほんと朝弱いよな…」 ここよりももっと暖かい地で生まれ育ったフリックは、寒さに弱い傾向がある。 尤も、普段はそんな事はおくびにも出さないのだが。 いつもの朝であるならば、規則正しく時間になれば起き出して、今頃は訓練場かリーダーのお供として走り回っている事だろう。 しかし休息の日は違う。 この、大男と共にある、その安らかなる時こそだけは、本来の自分を見せるのだ。 「ん…」 ビクトールの体温は高い。 フリックに言わせれば、余計に付いた脂肪のせいらしいのだが。 夏にはそのせいで邪険に扱われる事もあるが、こうして寒い季節には逆に重宝がられた。 ぴたりと体を寄せると、その体温をもっとと強請るように、フリックがごそりと動く。 そして、腕を。 伸ばして背に回す。 しっかりと抱き合って、体温を分け合う。 伏せられた目に、すっと伸びた鼻筋。 その先に見える浮き出た鎖骨に、日に焼けない白い肌。 何度も抱き合って、すべてを自分のものにしたのだと思っても。 こうして触れ合う度。 真近に見る度。 己の、腕の中にいるのだと実感する度。 その度ごとにこうして。 胸にずしり、と響くものがある。 背を駆け抜ける、欲というものが湧き上がる。 そっと、手を這わす。 それとなく撫で上げ、肌を辿り。 少しずつ、意味を込めて。 そうするとフリックの体が小さく震えはじめた。 「おい…っ…何してる…」 目は閉じたままで。 フリックが少し息を荒げて問う。 その目蓋に唇を落としながら。 「いや、寒いっつーからよ…暖めてやろうかと…」 手は、休めないまま。 唇を這わして、耳朶に軽く噛み付いた。 途端にびくりと肩が上がる。 「お前っ…!そんな事言って、昨夜だって散々…!」 「んー」 肩を押し返す腕を無視して、更に手を滑らす。 ここ、という箇所をなぞっていくと、その毎にフリックの体が小さく跳ねた。 「あっ、や…あっ!!」 意識の覚醒しきってない寝起きの体は、感度が数段あがっているみたいだ。 もう、すっかり上気したフリックは、なすがままに横たわっていた。 その、脚を。 掬って肩に掛ける。 昨夜散々無体を強いたそこは、程よく解れて指など直ぐに飲み込んでしまっていた。 そこから指を引き抜いて。 ぐっ、と、腰を押し付ける。 フリックが、肩を掴んだ手に力を入れる。 その時。 「おっっっっはよーーーございまあーーーーーーーーっす!!!」 勢い良く、扉が開いた。 リーダーの少年と目が合う。 その後ろのカミューとマイクロトフとも。 鍵は、きちんと掛けてはいた筈なのだが。 「……」 「……」 「う…」 「あ、おい…!」 「うわあああああああああああああああああああああっ!!!!!!」 「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 部屋で恐ろしい光が充満した後の事は、ビクトールは憶えていられなかったらしい。 「…で、一体何の用だ…?」 カミューの装備していた流水の紋章でまさしく生き返ったビクトールは、不貞腐れてリーダーの少年をじろりと睨んだ。 花畑を歩かされた身としては、睨むくらいでは飽き足らないようではあるが。 「そんな怒らなくても…思春期の真っ盛りにあんな破廉恥な場面を見せられたこっちの身にもなって下さいよー」 「お前わざと開けたんじゃねーか!!!!」 悪びれずに笑う少年に、ビクトールはだん、とテーブルを叩いて吠えた。 鍵を使ってノックもせずに入って来たのだ。 不法侵入も甚だしい、と憤慨するビクトールは確かに間違ってはいないだろう。 その上『守りの天蓋』の札を発動しての用意周到さであったのだから性質が悪い。 「ちょっとした悪戯けなのにぃ…」 「その悪戯けとやらのせいで、こっちは危うく三途の川を渡り掛けたんだぞっっ?!!!」 「まあまあ、ビクトール、子供のした事なんだし…」 うおーと吠えるビクトールを、カミューが柔らかく諌める。 ビクトールも、余り大人気ない態度だとは解っているのだろう。 テーブルに肘を付いて顎を乗せると、ぶつぶつと言う程度に納めて。 「…ったくよう…その上中座でヤり損なっちま…」 しかし、背後に背筋の凍るような殺気を感じて固まった。 その場に居た、他の者も同様に凍り付いている。 ごごご、と音がしそうなオーラを纏って、無表情が尚更恐ろしいフリックが立っていた。 ほんとうは騒動の後、一目散に逃げ出そうとしたフリックを、リーダーが大事な話があるからと城主の権限で部屋に拘束していたのだ。 ゆらり、とリーダーに近付いて。 「いいか…?今日見た事は忘れるんだ…それから、部屋にいきなり入ってくるなよ…?いいな?」 上から威圧するように、言う。 でないと殺すぞ? という台詞は実際にはなかったが、全員にはっきりと聞こえた気がした。 さすがのリーダーも余りの剣幕にうんうんと素直に言葉もなく頷く。 「それから…」 さっきよりも数倍、いや数十倍の殺気を漲らせて。 振り返ったフリックはビクトールを見た。 「お前も、朝からサカってんじゃねーよ…昨夜、嫌って程ヤり尽くしただろ…?」 物凄い事をさらりと言ってのけるフリックは。 頭に血が昇って、そこのところは気が回ってないらしい。 「おっ、おう…」 また、新たに命の危機を感じてビクトールもまた素直に肯く。 逆らうどころか、何か言い返すだけでも雷が何本も落ちてきそうだ。 だから。 「そ!そういえば、なあ、リーダー?!俺達に何か用事があるんだったよな?!!」 ビクトールは話題を変えるべく、大仰にリーダーの少年に話を振った。 「そ、そうですよ!その為に我々も呼ばれたんですからね!!」 カミューもそれに合わせて良く通る声を張り上げた。 きっちり、顔に巻き添えを食うのは御免だと書いてある。 「盟主殿、是非お話を聞かせて下さい!」 「そうそう!皆さんにお願いしたい事があったんですよー!」 本能的に何かを察したマイクロトフに促されて、リーダーが殊更明るく応えた。 皆が背中に冷たい嫌な汗を感じつつも、次の話題に移ろうとするのを見て。 フリックは盛大にはあと溜息を吐いた。 あんなトンデモナイ姿を見られて。 逃げることも叶わず。 憤死しそうな猛烈な羞恥が全身を駆け巡っている。 それを。 怒りに変えて誤魔化すしか自分には出来ないのだ。 まだ、怒りは収まりそうにもなかったが。 何とか、少しづつフリックは呼吸を整え、リーダーの話に耳を傾けたのであった。 「つまり、正月用の買出しにお供すればいいのですね?」 「つーか、その買い物をするお前等の護衛兼荷物持ちだな…」 「うん、ご明答〜!」 話を要略してカミューが尋ねたのを、ビクトールが微妙に訂正を入れる。 そしてそれに、にこやかにリーダーは笑ってみせた。 「それじゃあ、ラダト辺りまで出掛けてみるか?あっちの方が港がある分品も豊富だしなあ。」 「そうですね。じゃあ、僕はナナミを誘って来ますねー」 準備が出来たら来て下さいね、とリーダーはぱっと立ち上がって部屋を出て行く。 行きはビッキーにテレポートして貰うので、城のホールに集合という事になっているのだ。 「それでは、また後で。」 カミューとマイクロトフも軽く礼をして出て行ってしまった。 そうして、また。 部屋に二人きりになる。 重い沈黙と共に。 「なあおい、まだ怒ってんのか…?」 恐る恐る、といった具合にビクトールがフリックにお伺いを立てる。 フリックは不貞腐れて、窓の外をずっと見詰めたままだった。 けれど。 「いや…」 椅子から立ち上がって、すっと背筋を伸ばした。 まだ、目線は窓の外を追ったままで。 「ここで新年を迎えるのははじめてだな。」 「あ、ああ…」 そこではじめて。 ふっと、フリックの眼差しが優しく緩んだ。 「お前も、ここで正月なんて久しぶりなんだよな…」 「……」 ここはかつてビクトールの故郷だった。 ひとりの吸血鬼に、滅ぼされるまでは。 それからずっと、ビクトールは復讐の旅に出て、この村に還る事はなかったという。 フリックが振り返った。 「いい正月にしたいよな。」 そう言って。 柔らかく微笑む。 だから、その準備も楽しくしたい、と。 さっきまでの殺気は微塵もなく。 ビクトールの目に、その笑顔が酷く眩しく映り込んだ。 「おう、勿論だ…」 腕を引いて胸に抱く。 フリックをぎゅうと抱き締め、ビクトールはその感慨に耽った。 そうして、ほんの僅かの間。 二人は抱き合って。 楽しく迎えるだろう、新年に想いを馳せていたのだった。 「あー!よかった…!!無事に着いた〜!」 リーダーが両手を挙げて、心底ほっとして声を上げた。 テレポートは非常に便利である反面、恐ろしい危険を孕んでいるのだ。 たまに、とんでもない場所に飛ばされて酷い目に合う。 「運が悪い人がいると特に心配なんですけど…」 そこで、フリックに注目が集まった。 「わ、悪かったな!!!!!」 憮然として怒鳴ったフリックに。 自然とその場が笑いが起こる。 和やかな空気で。 「じゃあ、7時にここに集合って事で。」 「うん!また後でね〜」 買出しの量は結構なものであった。 なので、2組に分かれての行動を取る事にしたのだ。 リーダーとビクトールとフリック。 ナナミとマイクロトフとカミュー。 女性に殊更優しい騎士の二人に付き添って貰って、ナナミはこの上なく上機嫌だ。 「まずはどちらから行かれますか?レディ。」 「きゃあ〜!レディだって、私!!!」 優しくリードするカミューに、ナナミの黄色い声が上がる。 「ありゃあ、ほんとに嬉しそうだなあ…まあ、いい気分転換になるだろ。」 小さくなる三人の背中に、ビクトールが呆れつつも笑った。 ラダトの街は、普段でも盛況だがこの時期柄、更に賑わっていた。 忙しなく行き交う人々は、それでも露店に足を留める者も少なくはない。 港から下ろされた荷をそのまま扱う店も多くて、物珍しい品々がひしめいていた。 「じゃあ、僕達も行きましょう。」 何か目当てのものがあるらしく、リーダーは張り切って歩き出した。 その後に続いて、大人二人も歩き出す。 「リーダーの奴、楽しそうでよかったな。」 人込みを抜けながら。 フリックがぽつりと洩らした、その言葉に。 ビクトールが破顔する。 「お前も、楽しそうだけどな。」 「…っ?!」 言われて、子供扱いするな、とフリックの鉄拳が飛ぶ。 しかしその顔は。 図星だったのか、少し赤い。 「よし、何か欲しい物あったら、買ってやるからな〜!」 「だから、子供扱いするなって言ってんだろ?!!!」 「もお〜!何やってんですかー!!置いて行きますよー!!!」 どこか浮かれる気持を感じながら。 活気の満ちた街並みでの買い物を堪能すべく。 フリックとビクトールは。 軽い足取りで、少し先で待つリーダーの元に駆けて行ったのであった。 NEXT |
<作者コメント> 頑張ってサービスえろとか入れてみましたが…(いらんかったですかね…)実際書き始めると、後の方が皆さん素晴らしいので何とかしてくれるだろうと思って 気楽に書けました。 書いてて楽しかったです。素敵な企画に参加出来てとても嬉しく思ってます〜!有難う御座いました。 |