エスキス


私室の書棚を眺めた。何冊か持ってゆきたいものもあったが、諦めた。内容は頭に入ってるはずだ。
まず必要なのは水と食糧だ。それにできれば海図。しかし海図は軍事機密だ。持ち出すことはできないだろう。それに食糧も難しい。
手持ちの携帯食と武器を手にして、せめて水だけでもどこかで、と思いながら部屋を出た。
目の前に人がいた。
「タル、」
「よう」
何でここに、と言う前に手にした釣り竿に気づいた。
「夜釣りに行こう」

「夜釣りに行こう」


「・・・・・・」
こんな時に。
そう思わないでもなかったが、宿舎から出るいい口実かもしれない。
「行くだろう?」
「ああ」
なんとか途中で別れることにしよう。
うまく快速艇に潜り込めるといいのだが。

先刻、ジュエルとポーラが副団長のところから戻ってきた。明日の任務の交替を申し出に行ったのだ。
任務は囚人の護送だ。港までのわずかな距離だが、せめてもの温情、というところだろうか。快速艇での同行は認められなかったという。
自分たちが親しかったのは、副団長もわかっているだろう。
聞こえてくる一切の事情は、全く腑に落ちないものばかりだ。
団長が命を落としたという。オーファンが団長の命を奪ったのだという。証言はスノウからしか得られていない。
納得がいかない。
そもそもスノウが団長の命令を破って棟に入り、それをオーファンが連れ戻しに行ったのではなかったか。
本人の証言を聞くべきだ、という主張は無視された。そのうちオーファンは流刑に処される、という話が聞こえだした。
せめて話がしたい、とも言ってみたが、部屋の前に見張りがついて、どんな様子かもうかがいしれない。
装備こそ訓練生のままだが、自分たちはもうりっぱに海上騎士団の一員だ。事情はともかく団長不在の今、副団長の決定には従うべきなのだろう。しかし。

宿舎も港も見張りがあふれていた。どれも見慣れた先輩や同期の顔だが、緊張した様子に見える。
いやでも非常時の空気を感じる。海賊が引きも切らずに押し寄せてくる中、団長が不在なのだ。非番だが宿舎で落ち着いていられずに、少しでも情報を得ようとしている者も多いようだ。
何度か声をかけられたが、交替の時間まで夜釣りに行く、とタルが言うと、誰にも止められなかった。
「こんな時なのにな」
「いつものことだからな」
そういうタルも剣を帯びてはいるのだが、手にした釣り竿のせいか、あまり非常時だと言う気がしない。
どこで別れようかと思案するうち、港に出て、明日使われるらしい船の前に着いた。
タルは船に乗り込んで行く。
「おい、まずいんじゃないか?」
「こっちからの方が釣れるんだって」
案の定見張り役の誰何の声がした。
「何をしてる!」
「釣りに来たんスけど」
「・・・タルか」
寄って来た先輩騎士が、剣にかけていた手を離した。
「見張りの明かりがあるから魚も集まるし、」
「しかしこの船は、」
「明日の朝旨い魚が食えますよ」
「・・・・・・」
のんきな物言いにそれ以上の追求を諦めたようだ。
「適当に切り上げろよ」
「どうも」
一言も口を聞かずに済んだ。嘘をつくのは得意ではない。助かったな、と思いながら持ち場に戻るのを見送った。

乗り込んだ船の外縁を、どこで釣りをしようかとタルが歩く。船尾近くの横腹、普段救命用の小型船がつながれているところに、祖末な船が見えた。明日の朝、もう数時間の後に、オーファンが乗ることになるものだろう。紋章砲はもちろん、余計な装備は何もない。
今ならあれに、乗ることができる。
自分にはどうしてもオーファンが罪を犯したのだとは思えない。二人だけで携わった任務で、ただ従うばかりだったオーファンが、初めてスノウに逆らったのだと聞いた。何かが始まりかけている。
オーファンは自分の身を守ることにあまり熱心でない。一人で行かせるわけにはいかない。
自分だけでもついていけば、何かの助けになれるだろう。
事情を話して自分の不在を詫びてもらおう、とタルを見た。
なぜかオールを手にしている。
「いるだろ」
「え?」
釣りにオールは必要だっただろうか。
タルはかまわず素早く周りを見回した。
「よし今だ」
オールを抱えて流刑船に移動する。
「ええ?」
「急げ」
言われるままに後に続く。タルがオールを船尾に隠している。
「何をして、」
「俺も行く」
「えええ?」
「オーファンについていくんだろう。俺も行く」
「しかし、」
「一人で行かせられないだろ」
「オーファンが心配なのはわかるが、」
「まあオーファンも心配だけど。お前がいないのに騎士団に残っても仕方ないし」
「冗談言ってる場合じゃないぞ。副団長の命令に背くことになるし、」
「それはお前も一緒だろ。大体な、海に流されるんだぞ。食糧はどうするんだよ。俺がいれば安心じゃないか」
「何でだ?」
「俺は騎士団一釣りがうまい!」
思わず笑ってしまった。

「ははは」

見張りの明かりから陰になっているのではっきりしないが、タルの声が不機嫌になった。
「ははは、じゃないって。見つからないうちに隠れるぞ」
言って船尾を示す。先刻オールを隠したところが、あるかなきかの船倉になっているのだ。
「ここなら見つからない、かな」
「まさか人が入ってるとは思わないだろう。ちょっと窮屈だけどな」
「贅沢は言っていられないからな」
タルに続いて潜り込み、目隠しの板戸を閉じた。
「・・・ほんとに狭いな」
「俺は結構快適だけど」
「そうか」
のんきな奴だ。
剣を抱えてなんとか居心地のよいようにする。何も見えないが、自分以外の体温を確かに感じて安心する。
「タル」
「うん?」
「助かった。ありがとう」
自分は少し不安だったのだ。多分。一人で何ができるかと。あるいは、オーファンは自分の助力など必要としないかもしれないと。けれども同じことを考えた人間がいる。自分は一人ではない。
「・・・いいって。交替で寝るか。先に寝ていいぞ」
「ありがとう」
「だからいいって。下心だから良心が痛むしな」
「何を言ってるんだ・・・」
「だから笑うなって」
「持つべきものは友達だな」
「俺はちょっと意見が違うけど」
「・・・・・・」

「俺はちょっと意見が違うけど」「・・・・・・」

見張りに気づかれても困るので、話をやめて眠りについた。


微妙にほもでなく(笑)
中途半端でお礼になってるかあやしいですが。(20041117)

樹林コメント
す、すんません!でも有難う御座いました〜
もーこれが私の中でのオフィシャルとゆーことで!
ほもじゃないのかな?
でもびみょーにタル→ケネで嬉しかったっス(てゆか、それをリクエストしたんだけども)
お礼にかこつけて無理言ってごめんなさいー
でも嬉しいですv


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