Under the Stars in the Heavens By:Masaki Yashiro
--それは星の明るい夜のこと。
なかなか寝付けなかったフリックは、本拠地の屋上でひとり、この星空を見上げていた。
見渡す限りの星屑のシャンデリアと、足元に広がる夜景のじゅうたん。
そして、大きな蒼い月のスポットライト。
星空に思いを馳せるようなロマンチストではないはずだったが、美しいものには誰でも目を奪われてしまうものらしい。彼はしばらく、瞬きすることすら忘れてその光景に見入っていた。
ーー普段は星空なんか見てるヒマないからな。
今日もミューズ市付近の小競り合いを解決するために剣を振るってきたばかりだ。ハイランド王国と都市同盟の戦いは終わる気配すらなく、むしろ緊張状態にある。普段はそんな戦火の中に身を投じている自分を、淡い月の光と光り輝く星の瞬きが優しく癒してくれる…そんな気がして、彼はつかの間の心休まる場所としてここをよく利用していた。
ーーこの満天の星空の下であいつと酒を飲んだらきっとうまいだろうな。
フリックはふとそんなことを考えた。すると、まるで彼の心の思いを見透かしたかのように
室内へと続く階段のほうから、ゆっくりと、だが確実に一組の足音が近づいてきた。彼だけに分かる、独特の響きをともなって。
「…部屋に居ないと思ったら、こんなところにいたのかよ」
探しちまっただろうが、とぼやきながら、フリックの隣にやって来た男はたった今,彼が心に思い描いた『あいつ』−―ビクトールだった。
手に深緑色の白ワインのビンと二組のワイングラスを持っているところを見ると、探していた理由はフリックと一緒に一杯やるためといったところだろうか.
「よく分かったな、ここだって」
差し出されたグラスを受け取ると、すぐに透明の液体がなみなみと注がれる。フリックも彼に習って同じようにビクトールのグラスをワインで満たした。
「まあな。おまえが行くとこっつったらここか、酒場ぐらいのもんだろ。後は俺の部屋とかな」
「言ってろよ」
苦笑した二人は顔を見合わせ、軽くお互いのグラスを打ち鳴らす。
確かに,そんなことは聞くまでもない。
恋人になって一年。友人としてなら三年。同じ時間を歩んできたのだ。
どんな時でもビクトールの隣にはフリックがいて,フリックの隣にはビクトールがいた。
うれしい時,悲しい時、怒っているとき…。
他の人間にはどんなに巧みに隠せたとしても,お互いのことは手にとるように分かってしまう。
それこそ、眠れない時,どこにいるかまでも。
「星…見てたのか?」
ワインを一口口に含み,味を確かめ、ビクトールが尋ねる。
ワインの名産地,カナカン地方の白ワインは口当たりの柔らかな絹のような舌触りだった。
「まあな。寝付けなかったからここへ来たら、あんまり綺麗で見とれてたんだ」
「ふーん」
天を見上げるフリックに習い、ビクトールも空を見るが、彼の目にはそんなに感慨深げなものには映らなかったようだ。実に興味なさそうに、
「そうかあ?俺にはそうは見えねえけどなあ」
…などと呟きながら、しきりに首をかしげている。フリックはその様子を隣で眺めて思わず呆れてしまった。こういったものに感銘を受ける男ではないのは分かっていたが、ここまでとは思わなかったのだ。
「お前の目は節穴か?どうしてこの夜空を見上げながらそんなことがいえるんだよ」
「だってよお、これがどんなに綺麗な星空だったとしても、おれの中じゃどうしたって三番目以上にはならねえんだよ」
「何だよその『おれの中では三番目』っていうのは」
どういう順番のつけ方だ、と言いはしなかったが瞳が物語っていた。
「それはな、聞いて驚くなよ」
ビクトールは待ってましたといわんばかりに得意げに笑う。
「ここと…ここに…星より綺麗なもんがあるからな」
そして、ゆっくりと近づいてきた唇が降りた先はフリックの蒼い両の瞳。
「−−星の輝きなんざ、おれの恋人の瞳に比べれば三番目だって十分すぎるぐらいだぜ」
照れるようなことを臆面もなく言ってのける恥らいという言葉とは無縁の男は、呆気に取られて酸欠の金魚のように口をパクパクさせている恋人に不敵な笑みとへたくそなウインクを投げてよこした。
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