血管ベーチェット病

大阪大学医学部付属バイオメディカル
教育研究センター臓器移植学教授 白倉 良太助先生


 血管外科を長くやっておりましたけども、血管ベーチェット病は、ご存知の
ようにそれほど頻度 の高い病気ではありませんので、私どものところに
紹介された患者さんは非常に少なく、私自身が 手術をした経験は3名の
方しかないのです。
 そこで、何千例という手術の台帳を調べてみたのですが、大阪大学の
第一外科で血管ベーチェッ トの手術をしたという経験は、ほとんどありま
せんでした。後でお話しますけれど、昔は診断がな かなか付かなかったと
思いますので、普通の血管の病気として、終わっている方もあるのかも
しれ ません。いずれにしても完全型といいますか、きちっと診断のついた
ベーチェット病の人で血管の手術を されている方は非常に少ないのです。
それで私自身、あまりベーチェットのことを知りませんので 今日は教科書を
ひも解いてまとめたものと、世界の現状をいろいろ雑誌などで調べてみま
したので その辺りを少しお話させていただきます。
 最初は皆さんにとってはおさらいになるかもしれませんが、ベーチェット病
の解説をさせていた だきます。スライドを使わせていただきます。
ベーチェット病という名前は、皆さんもご存知のよ うにトルコのベーチェット
という教授が50年前にこういった疾患があることを指摘されて、その 名前を
とってベーチェット病と言われているわけです。  この病気は全身性の慢性の
経過をとる病気で、炎症性の疾患でもあります。病変は再発を何度も 繰り
返すという特徴があります。典型的な症状があることは皆さんもご承知の
とうりで、粘膜性の 症状として、口腔内アフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚の
症状としては結節性紅斑、毛嚢炎様皮疹、 皮下の血栓性静脈炎による
皮膚症状。
 眼の方では、虹彩毛様体炎、ぶどう膜炎というものがあります。口内炎、
外陰部潰瘍、結節性紅 斑と眼の症状が全部そろうと完全型と呼ばれ
ています。
 その他の病変としては、消化器、特に大腸 の潰瘍を起こしてくる場合。
それから血管に病変を起こしてくる場合。それから中枢ですね。この 中で
血管病変というのが今日の話の中心となるわけです。
 ベーチェット病というのは、いわゆるヨーロッパ大陸やアメリカ、北アメリカ
オーストラリア などにはほとんどなくて、主に中近東から、報告がなくて
良く分からないのですが>アジアから 日本にかけて多い病気であると
いわれ、シルクロード病と呼ぶ人もいます。
 血管ベーチェットは、血管に病変が出てきたときにそう言うのですが
原因、その他のことは、 はっきりしません。けれども、血管に炎症性の
病変が起きることが知られています。  ベーチェット病の患者の5〜10%
の方に血管の症状が起こってくるとどの教科書にもそう書か れています。
ベーチェット病の好発年齢は、30歳代が多いと言われていますが
大体年齢分布は 20歳の後半から50歳代位といわれています。4〜7対1
と男性に多いとなっていますが、実際 は同じというのもあります。
 しかし大半は男性のほうが多いということになっています。
血管ベーチェットに関しても、雑誌 などでは8対1で男性に多いと言われて
います。これは集計の仕方にもよるので開きがあるのだと 思います。
血管に病変がでてくる時期ですが、皮膚、粘膜の症状が出てくるといわれて
います。そ れは病変の進行が表面に出ませんから、発見が遅れるということ
かも知れません。しかし最初に血 管が侵されるということは少ないようです。
 それから血管の病気の中でベーチェット病の特徴というのは、中型ないし
大型の血管が侵されや すいとされています。血管と言うのは、心臓から出た
ところは3センチ位で太く、それが枝分かれ してだんだん細くなり、毛細血管
となるわけですが、木で例えますと枝の先の方ではなく、幹や太 い所が侵され
やすいというのが特徴です。  血管と言いましても、動脈と静脈があり
どちらが侵されるかと言うと頻度としては動脈に病気 が現れることが多い
と言われています。
 静脈の場合は、炎症のためにそこに血液が付着して固まっ てしまう
閉鎖性の病気が主であります。動脈の場合は、同じように詰まると場合と
壁が弱くな って穴があいたり、ふくれて動脈瘤と言われるこぶができる場合
があります。
 動脈の場合は血栓で詰まるのですが、どこが詰まりやすいか。症状の強い
ものから言いますと上 大静脈です。上大静脈というのは、上半身から帰った
血液が心臓に入り込んでいく最後の太い血管 で、約10センチ位の長さしか
ありませんが、そこに詰まった時の症状は、上大静脈症候群といっ て、首から
顔にかけてものすごく腫れ上がります。 そこから下大静脈ですが、これは
下半身から心臓に帰ってくる部分です。これが詰まりますとい ろんな症状が
出ますが、例えば下半身から静脈血が帰らないとか、肝臓や腸管から血液が
帰らない とかで、臓器の特徴的な症状が出ます。スライドにあげましたのは
バッドキャリ症候群といって 心臓に一番近い所が詰まった場合で、これはもう
下半身は張れますし、下半身の血管も上から下ま で全部拡張しますし
臓器の障害が出てきます。特に肝臓の障害が出てきます。
 頻度が一番多いのは、足から下大静脈に至る深部静脈が詰まる
ケースです。この場合は足が腫れ る。右側が詰まると右足が腫れる。
左側だと左足が腫れる。しかし、静脈の場合は、太い血管が詰まり
ましても、脇道といいますか枝がたくさんありますので、周りの細い血管が
だんだん太くなっ て、血液の流れとしては心臓にちゃんと戻ってくるように
なってきます。
 主に心臓の下の皮下の静脈が太くなりますから、静脈の怒張として見える
ようになります。お臍の周りを中心に足から上がってくる静脈がありますから
普通は見えない、おへその下の皮下の 血管が見えるようになってきます。
ですから、最初は足が腫れますがこれらの枝の血管が太くなる につれて
腫れがひいてくるのが特徴です。

 次に動脈が炎症を起こした場合、先ほど言いましたように詰まる場合が
あります。場所としては 鎖骨下動脈といって手と頭に行く鎖骨の下にある
血管です。次に多いのが肺動脈です。鎖骨下動脈 が詰まった場合には
場所と範囲にもよりますが、手の方に向かった部分が詰まりますと、脈が
触 れない症状が出ます。また、頭に向かう後頚動脈が詰まりますと失神発作
を起こすことがあります し、脳の方に障害が及びますと片麻痺が起こる
こともあります。
 肺動脈の場合には、範囲が広ければ呼吸困難や動いたときに息が
苦しいという症状が起きてきま す。それから橈骨動脈といいますのは
肘の所で手首の内側と外側に別れていく動脈のひとつですが
これが詰まると血液が無いわけですから脈が無くなります。
 足の動脈は、大腿動脈といって足の付け根に脈が触れる所が
あるのですが、ここが詰まることが 多いです。
ここが詰まりますと、いくつも脇道の枝はありますので、じっとしている
時は他から血液が行きますが、長距離を続けて歩きますと筋肉に
必要な量の血液が到達しないために足が、特にふくらはぎが痛く
なり、数分間休むと痛みが取れるという症状が現れます。
これを間歇性跛行とい います。一定距離を歩くと痛くて歩けなくなるが
休むと直るというもので、詰まる場所と範囲によ って症状が
出るまでの距離が異なってきます。
 次のスライドです。  これは、動脈瘤、血管が腫れる場合です。
これは炎症のため、壁が弱くなって膨れるのですが動 脈が膨れる
という症状は普通はありません。動脈硬化で動脈瘤ができる場合も
同じです。
 場所によって腹部大動脈、これは”みぞおち”の高さからおへそのあたりに
かけての大動脈です が、ここが大きくなって周りの神経を圧迫した時に
症状が出ることがあります。しかし、背骨から 出てくる神経を圧迫するほど
大きくなる動脈瘤はめったにありません。それまでに破裂してしまい ます。
ですから、腹部大動脈瘤の症状は普通はありません。お腹が痛いからと
いって動脈瘤という ことはまずありません。
 それから、次に多いのが大腿動脈です。これも瘤ができるだけで症状は
でません。しかし、場所 によっては膨らんできますから上から見えます。
この瘤が詰まると先ほど述べたように間歇性跛行 が起こります。
色々な文献を読んでおりますと、肺動脈に動脈瘤ができる場合があるという
報告が少 なからずあります。肺動脈の場合は痛みが出ることはめったに
ありません。破れた時に気管支に血 液が流れ込むため、喀血がおこります。
こうなると呼吸困難が出てきます。
 それとベーチェットの特徴は、一ヶ所ではなくて、しばしばあちこちに
起こります。肺の中に幾 つも動脈瘤が出きることがありまして、それが血液の
流れを妨げる場合に、呼吸困難がでることが あります。
 以上、ベーチェット病で動脈瘤になる場所としては、今言った三ヶ所ですね。
8割がこの腹部大 動脈、大腿動脈、肺動脈にできます。頭の後頚動脈
上行大静脈(心臓から出たところ)や、腎動 脈に動脈瘤ができたという
報告もあります。
 次のスライドです。  診断については、症状がある場合、こが詰まっている
のか想像がつきますが、大抵は症状があり ません。一般的な検査で炎症が
活動性であると、血液の検査でCRPが上がったり、白血球が増え たり
血沈が早くなったり、といった検査結果がでますが、活動性のない時は
これらも正常であり ます。白血球の血液型にHLAというのがあります。
白血球の血液型には型の分類の仕方にもあり ますが、百数十種類
あるのですが、その中のB51という抗原がベーチェット病の人に比較的多い。
 つまり、普通の人を百人調べますと、B51という血液型を持っている人は
10%から15%な のですが、ベーチェット病という診断のついた人の血液型を
調べますとB51が50から60%あ るのです。ですから完全型でなくても
何か症状があって、白血球の血液型にB51があったらベー チェット病では
ないかと疑うことができます。B51があれば必ずベーチェット病が発病する
とい うことではないのです。ベーチェット病かどうかというときにB51が
でると診断の助けになると いう程度です。  血管ベーチェットの診断は
どうするかということですが、血管が詰まって症状がでる時は他の症状と
合わせて血管ベーチェットを疑うことになるのですが、その場合、CTスキャン
超音波、そ れからラジオアイソトープを使ったいろいろな画像診断、MRIで
診断をする訳です。
 詳細に血管の状態を調べるには血管像影剤を血管内にいれて調べる
のですが、これは血管にとっ て非常に刺激的なものですから
ベーチェット病の場合は炎症を誘発する可能性があるので
なる べくこのような方法は使わない方が良いとされています。
ベーチェット病だけではなく、最近は一 般的に血管の診断には
手術等でどうしても詳細が知りたいときにしか血管像影は使わなく
なって います。今はCTスキャン、MRIなどを使いますから昔ほど危険性は
無いと言うことです。
 症状から紛らわしい、他の疾患として高安病という血管の病気や
バージャー病がありますし、 動脈硬化で動脈瘤ができたり、詰まったりする
ことがあります。それらとの鑑別が必要ということ になります。詰まった時は
症状から診断はつきますけれど、先ほど言いましたように動脈瘤の場合は
多くの場合、症 血管ベーチェットの特別な治療といいますと、外科的なことに
なるのですが予防的治療としては は、炎症性の慢性の病気ですから
炎症をできるだけ押さえておく、血管の病気を出来るだけ進行 させないという
ことが一番大切なことだと思います。内科的な治療については
詳しいことは知り ません。
 ステロイド、非ステロイド、抗消炎剤、免疫抑制剤、などを使って炎症を
押さえる。不幸にして 血管に閉塞が起きると、詰まる場所によって
臓器が駄目になってしまいます。この時に何らかの 処置をして
やらねばなりませんが大抵は脇道が太くなってきますので
詰まった所が広がらない ように、また、新たに詰まらないように
する目的で、内科的な治療として抗血小板薬や抗凝結薬
プロスタグランデンなどの薬が使われます。
 脇道が十分に出来てこない場合は臓器が痛んでしまいますので
そのときは詰まったところ、細 くなった所を広げてやる
バルーンカテーテル法、つまり細い管の先に風船が膨らむように
しておい て、細くなった所で風船を膨らませて拡張してやる方法を
行います。また、すぐに詰まってくるよ うですけど
そこにステントといって、血管を広げる金属がありますので、それをそこまで
持って 行って広げてやるという手術を行いますし、それもうまくいかないような
場合には、人工血管でバ イパスを作ります。  それから動脈瘤につきましては
これはもう破裂を防ぐということしかありませんので、膨れて きたところは
ある程度大きくなってきたら、人工血管に替えてしまうという手術になります。
 私たち外科医が関係しますのは、上記のバイパスの手術と、膨れている
動脈瘤をとって人工血管 に替えるという手術になります。私も血管外科を
やって20年近くになりますが、まだ数例、3〜 4例しか経験がありません。
実際に血管ベーチェットの手術が少ないのかと、欧米の論文をコンピ ューター
で調べてみますと、1965年以降20位の報告しかないのです。
 しかも、驚いたことに、その報告書のほとんどが日本人の報告です。
コンピューターに報告を出 している所は、医療の発達した国が主なのですが
ヨーロッパやアメリカにはほとんど無いのです  しかも、何十例も集めた
という論文はなくて、こんな患者さんがいましたという1人の患者さんのことが
紹介されているだけです。外国ではあまり起こらない病気ですから
アメリカやヨーロッ パの教科書を調べても、5〜6行しか書かれていません。
詳しい血管の本を調べてみても、半ペー ジ位しか書いていないのですね。
日本の教科書でもそれほど詳しく書いていないのですが、それをまとめ
ましたのが今日、お話した内容です。
 私が経験した血管ベーチェットの手術を何例かご紹介します。
 ひとりの方は、腹部大動脈瘤から腎動脈に血管が別れていますけれど、
それのすぐ下あたりで1 センチ位の小さな動脈瘤(普通、動脈硬化で
おこる場合は1センチ位のは手術しないのですが)が 破れて来られたん
ですね。小さな動脈瘤ですからそんなに大きな手術にならなくて
そこをちょっ とだけ切り取る手術をしたのですが、それから数ヶ月後
また同じような症状が出て来院されまし た。
 前に手術したところがうまくいっていないのかと思っていろいろと検査
しましたけれど、残念な がら血液がお腹の中に漏れてくるので緊急的に
手術しました。そうしたら、前の手術した所から1 センチ位、下の所に
動脈瘤といったらいいのか実際には小さな穴があいておりました。
 半年位して、今度は手術の後の経過を診るためにCTを取ったところ
今度は右足に行く血管に 動脈瘤がふたつ出来ている事がわかり
またそこを手術したのです。先ほど言いましたように血管ベーチェットと
いうのは何箇所にも起こってきます。
 70〜80歳のお年よりになると動脈硬化で動脈瘤がおこってくるのですが
その場合一ヶ所だ けで、二ヶ所というのは珍しいのです。しかし、この人の
場合は四ヶ所、手術は三回でした。
 それから、もう一人の湯浅先生に紹介されてきた患者さんですが
この場合も破裂してこられた のでふせを当てるような形で手術した
のですが、約一年後にまた血液が漏れてきて緊急手術をし たのです。
 血管の手術というものは切り取っても、ふせをあてても
人工血管で置換しても、全部糸で縫 い付けるわけです。
普通の人は縫い付けた糸はちゃんと留まって一生もつ
わけですが、この方の場 合は人工血管には、糸がちゃんとついている
のだけれど、血管からは外れている。どういう状態か というと、氷の塊に
針金をかけて釣っておきますと、針金の当たっている所だけが早く溶けて
針 金が外れるが、氷は二つになることも無く、元のままということが
起こります。普通の人の血管で はちょっと考えられないことが
起こっていました。
 やはり、そこに炎症が起こるんだと思うのですが、手術をそのつもりで
きちんとしないと血管に かけた糸が血管壁をすり抜けることがあるという
経験は私だけでなく、かなりの血管外科医が持っ ています。
この患者さんも、手術中に血管の中をみましたら、もう一ヶ所穴が
開いていました。
 また、もう一例は、腕の肘の動脈に大きな動脈瘤ができていたんです。
それも二ヵ所膨らんでい ましたから、人工血管を二ヵ所植え付ける手術を
したのです。ですから、同じ血管の病変でも、動 脈硬化の時と手術の考え方
というか戦術が違うのです。つまり、それなりの手術をしないとせっ かくの所が
外れるということになりますし、前後に同じような病変がないか相当しっかりと
診る必 要があるということになります。  血管というのは、庭木のように
幹から葉先まで全体がみえてくるわけでなくて、組織や臓器の中 に埋もれて
いるので、それを露出しないと手術できない。普通はできるだけはがす場所を
少なくす るのですが、ベーチェットの場合は広範囲にわたって前後を見るため
掘り返すということになりま す。ただ、患者さんにとっては望ましいことで
はないので診断のときから注意が必要です。
 縫い方も相当念には念を入れてやらないと
いけない。石橋を叩いて渡るような丁寧な方法の選択 と注意が必要です。
こういうところが血管ベーチェットの臨床です。 状が出ません。
症状が出たときは破裂したための症状がでるわけですから
診 断は緊急になることが多いです。