「カーク、熊を買う」の巻

冒険者として経験を積み、成長が遅かった魔術師としての腕もようやく上がった今日。
ボクは生まれて初めて「ペットショップ」というものに足を踏み入れました。

目的は使い魔となる動物の入手。
使い魔…それは魔術師のかぁいいペットにして便利な小道具。
一人前の魔術師の証。
冒険者としての行動の幅を広げてくれる、知恵と力の結晶。
使い魔。ああ、なんて甘美な響き。

冒険者の宿で、あるいは仕事中に、先輩魔術師のかたがたが持ってる使い魔を
見せてもらうたびに、うらやましいなあと思ってきました。
猫にカラスにフクロウにうさぎ。
みんな、そのへんで捕まえてきたとか、奇妙な縁で拾ったとか言います。

ボクは魔術師としてはちょっと変わってて、小さい頃から
お父さんと森で狩りをしていました。
だからそのへんで飛んでる鳥とかうさぎとかは「獲物」としか思えなかったのです。
街をうろついてる野良猫や子犬を拾うのもいいかなーと思ったけど、
お母さんの使い魔が猫なので…
いや、ねこ、かわいいですよ。大好きですよ。
でも、お母さんの真似をしてるようじゃ、お母さんほど魔術師向きの頭をしていない
ボクは強くなれないから。
…なんて理屈をつけてみたものの、ただの反発心ですよね、これ。
とにかくそんなわけで、ペットショップです。

「こんにちは〜」
おそるおそるお店の扉を開けて入っていくと、
「はい、いらっしゃ〜い」
…ワニを背負って大蛇を体に巻き付けた店長さんが出てきました。
さすがにアレは使い魔にはしたくない…ていうかできない…。

「えぇと…なんか手頃な大きさのかわいいペットがほしくて、
いろいろ見せてくださいねっ♪」
…前に依頼で行った村で、使い魔ほしいなあとかつぶやいてたら
村の人にやけに警戒されたことがあります。
田舎では魔術師に対する知識が不足していて、恐れられてるからだと注意されました。
さすがにこのオランでそんなことはないだろうけど、
いきなり「使い魔ください♪」とか言うのも「ボク魔術師です♪」と
吹聴して回るみたいでイヤなんです。
イヤなんでした。
なのに。
「ははあ、ぼうや、使い魔を探してるね?」
「はっ、何故それを?!」
「だって学院の印が入った杖持ってるじゃん。使い込んでるし」
「あ…ホントダ」
もう必要なくなった物だけど、つい癖で持ち歩いてしまうのですよね…
何も言わなくても「ボク魔術師です♪」と吹聴して回ってるようなものでした…。

「手頃な大きさねぇ…そのアルマジロなんかどうだい?」
「いや…できれば哺乳類がいいなと…」
「そうかい?かわいいのにねぇ」
…なんかこのお店、ボクの趣味に合わないかも…。
「犬や猫のコーナーはそっちだよ〜」

犬か…。
そこに並んでいる子犬はみんな、将来でっかくなりそうな足の太い子でした。
あまり大きすぎる動物は連れて歩くのが大変だし、
使い魔として制御しきれないと聞きます。
猫か…。
「猫はみんな売れちゃってねえ、今日いるのはその一匹だけだよ」
その檻の中にいたのは、一匹のキレーなシャム猫。
スマートな体で、しゃんとした姿勢で座って、凜とした瞳でボクを見つめています。
まるでうちのお母さんのように。
そう、お母さんの使い魔もこんなシャム猫なのです。
「…」
ボクは黙って猫の前を離れました。
……値札に2000ガメルとか書いてあったし。

なんとなく向かった方向には、猫の檻より小さな四角いカゴがたくさん積んであります。
そして、ネズミやリスなんかの小さい生き物が回し車を回したり、
丸くなって寝ていたりします。
「かっ…かわいい…」
思わずにへらと顔をくずして見入ってしまいましたけど…
小さな生き物は、すぐ死んじゃうんですよね。
使い魔が死んじゃったって泣いてる人も、見たことがあります。
精神力も少ないし…使い魔としてはちょっと…?
でも、この大きさだと偵察に行かせても相手に気付かれにくいです。
使い魔の良さは、精神力使わせてくれるだけではありません。

そんなことを考えながらつらつらとカゴを見ていくボクの目に止まったのは。
「こっ、この生き物はっ…?!」
直立して頬袋をパンパンにふくらましながら、さらに
ひまわりの種を口に詰め込みまくっている、ねずみ…?
いや、ねずみにしてはずんぐりむっくりしてるし、しっぽがないです。
頬袋があるけど、リスとも違います。
オレンジに近いベージュ色をしていて、耳の先だけちょっと黒くて、
まん丸の目は真っ黒で、ひたすら餌入れからヒマワリの種を選別しています。
「それはねえ、ハムスターっていうんだよ」
「はむすたー…これが……」
ハムスター。乾燥地帯に棲息する齧歯類の一種。
地中に掘ったトンネルで生活する。
厚い毛皮をもち、尻尾は小さい。
大きな頬袋をもち、そこに食べ物を詰め込むことができる。
などと事前に動物図鑑で覚えた知識が脳裏を流れていきながらも、
ボクの目はその愛らしい姿に釘付けです。
「砂漠の方に棲息するネズミの一種で、野生では地面の下にトンネルを…」
図鑑とそっくり同じ内容を自慢げに話す店長さんの声も、右の耳から左の耳です。
「…で、いろんな色のがいるんだけど、ぼうやが見てるオレンジ色のそれは
金熊ハムスターっていって、最近新しくできた品種なんだ」
「くま?」
そういえば昨日、古い家の幽霊を退治してくれっていう依頼を受けて
ケヴィンさんたちと行ってみたけど、おもちゃ箱みたいな家で。
あ、罠踏んだ!と思ったら箱が出てきて、
開けたらくまのぬいぐるみが飛び出してきたっけ。
かわいいから持ち歩いてたら、ソードさんが「くまーくまー」って
やたら気に入ってたっけなあ。
くすくす。

「…どーした?」
一人で思い出し笑いをしてるボクに、店長さんが怪訝そうに声をかけてきました。
「あ、なんでもないです。この子ください。」
「あいよ、毎度っ。」
怪訝そうだった顔が一気に朗らかになります。
「ぼうや、ハムスター初めてだね?じゃあカゴと回し車と水入れと餌も用意しなきゃね」
「え…そーなんですか」
てきぱきと必要な道具を準備してくれる店長さんに、
使い魔だから放し飼いでいいとは言えませんでした。
使い魔にすることは見抜いたのに、どこかヌケてませんか。店長。
「トイレは決まった場所でするから掃除は楽だよ。あと、木はかじるから気をつけて。
その箱も一時的なものだからね、帰ったらなるべく早くカゴにうつすんだよ。
それから餌は…」
という注意事項も上の空です。

でも、ヌケてるのはボクの方でした。
儀式に必要な道具をそろえて、学院の一室を借りてさあやるぞ、と
ハムスターの入った箱を開けてみたら穴があいてて中身が消えてました。
あわてて見回したら儀式に使う薬草を食べてて大変なことになったお話は
また後日ということで。
じゃっ。
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