「失恋」

あの日の僕は…何かおかしかった。
昔からの知り合いと、最近知り合った仲間達と、楽しく宴会をしていただけなのに。
お酒が飲めないせいじゃない。料理はおいしい。
にも関わらず何か楽しくない、もやもやとした思い。
それが、あの二人のギクシャクとした態度と
その周囲の押せ押せーという雰囲気を見てのことだと気付いて。
ちょっと邪魔したくなった。

…こんな感情は知らない。
こんなどす黒い感情はいらない。
僕はただみんなと楽しくさわぎたくて。
あのひとのことも、ちょっといいなとは思ってたけど、
好きな人がいるならそのひとと幸せになってほしくて。
なのに。どうして。
ラーダ様、我が神よ。この感情は何なのでしょうか。

…答えは、なかった。

翌日、うっかりお酒を飲んで理性を飛ばしたことを懺悔しに
神殿にこもって瞑想した。
でも、理性を飛ばしたせいで見えてきたこと。
それは僕の本当の思い。
いろんな理由をつけて心の底に封じていた、彼女を、ほしいと思う、気持ち。
それまでの僕は、自分の気持ちすら理解していない愚か者だった。
それに気付いた時、ラーダ様のお声が聞こえた。

「己の意志を持て。意志なき知恵は何も産まぬ」

己の意志…自分の、感情を……

感情があるから、人は何かをやろうとして知恵を絞る。
感情に流されることは愚かなことだけど、
強い感情をもつことは、悪いことじゃない。

…では、どうすればいい?
言えばきっと彼女を困らせる。
彼女が僕を好いてくれているとは思えない。
だから、自分を選んでもらえないのはかまわない。
けれど、望まない相手に愛を告げられて断ることすら、
あのひとにとっては辛いことだろう。
ここで僕が行動に出たら、彼女を困らせるだけだ…
だけど…だけど僕はこの感情を抑え切れず
抑圧された想いはいつかきっと、もっとどす黒い感情へと変化する…
あのひとや、あのひとへの…嫌悪。
そんなものは、誰も望まない。
もちろん、彼女も。

「言わないと、伝わらないぞっ♪」
「悪い結果になるとは、限らないじゃない?」

カーリィさんのそんな言葉に後押しされて
迷いながら
迷いながら
僕は一通の手紙をしたためた。

アルティーナ・ファーレル様

拝啓
お元気でいらっしゃいますでしょうか。
飲み会では、具合が悪そうでしたがその後回復されましたか?
お酒って強い人には楽しそうだけど弱い人にはたまりませんよねー。
でもおつまみのホタテとかサザエとか美味しかったですね。

実は僕、以前…お酒をちょっと飲んだだけで理性をとばしてしまい、
周囲の人にそれはそれは失礼なことを言ってまわってしまったのです。
しかもわりとすぐに醒めて、自分の言ったことも全部はっきり覚えてて、
えらく気まずい雰囲気になってしまいました。
あのときの僕は、心に秘めていた言いたいことをすべて言い尽くしてしまいました。
言っていいことも。悪いことも。
ラーダ神官にあるまじき行為です。
だからそれ以来、お酒は飲まないことに決めました。

それなのにあろうことか、一昨日の飲み会の席で、うっかり
大人の味がするおいしいジュースを飲まされてしまったのです。
…飛びました。
ハリードさんに絡みました。
そして、寝ちゃったあなたに毛布をかけようとしたり(先越されちゃいましたが)、
お部屋まで運んでいこうとしたりしました。(止められましたが。)
周囲はハリードさんが運んでいく方向にもっていきたくてしょうがないようです。
そういう雰囲気を感じて、なんだか激しい嫉妬の念にかられました。
そこで僕は自分の気持ちをはっきりと自覚したんです。

僕は…
あなたが、好きです。

初めていっしょに冒険した時は、同じラーダ神官の仲間として親しみを感じてて…
それに、優しくてほんわかしてるから、いっしょにいると幸せな気分になれました。
でも、はっきり恋愛感情として自覚したのはこの前の飲み会の時です。

僕は彼に比べたら、あなたのことをよく知ってるとは言えない。
女々しい性格だし、臆病さからくる人当たりの良さぐらいしか取り柄はありません。
だから、選んでくれとは言えません。
今すぐに振ってくれとも言いません。
僕は何も大それたことを望んではいません…ただ、あなたのことを想って
一喜一憂してる人物がいるということを覚えていていただければ、幸いです。
それと、あなたの望む人との幸せを。

本当は…こんなことを言ってあなたを困らせたくなかった。
けど…言わなきゃ僕は気持ちの整理をつけられなかったんです。
僕のわがままです。ごめんなさい。

どうか、あなたのこれから歩む道に叡智の光がありますように。

                           シャルト・リュー


何度も読み返して赤面しながら封を閉じ。
ほんのりとラブレターっぽい装飾をほどこして。
彼女の部屋のドアのすきまから、ひらりと差し込んだ。

いつ気付いてくれるかわからない。
ずっと気付いてくれないかもわからない。
もし気付いてくれなかったのなら、それはそういう運命で
きっと諦めがつくんだろう。
まったく、僕はどこまで消極的なのか。
そんなことを考えて眠れなかった翌朝。

いつもの酒場をおとずれると、なんだか青い顔で幽霊のようにふらふらした
アルティさんが出て行くのとすれ違った。
…声を、かけられなかった。
こうなっているのが僕のせいなら。
一体僕に何が言えるというのか。
…ああ、僕はなんて弱いんだろう。

酒場の中に入ると、アルティさんは自分を見つめ直す旅に出たと聞かされた。
なんてこと。
会ったときに、止めることもできたかもしれないのに。
僕の方が出て行くから、と行って。

「…僕も……旅に出てちゃおうかな…」
お昼がすぎても部屋にこもって、ぐったりと涙を流しながら呟く僕に、
ソレルが訪ねてきてこう言った。
「自分のやったことの結果だと思ってるんなら…
 最後まで見届けろ。逃げんな。」
「最後までったって…もしかしたらずっと帰ってこないかもしれないんですよ?!」
「それでもだ。自分のせいであいつがいなくなったんだと思うなら、責任とれば?」
「責任って、どう…」
無言でニヤリと笑いながら彼が差し出したそれは…
僕のサイズにぴったりの、ウェイターの制服だった。

「いらっしゃいませー!いつものコーヒーでよろしいですか?」
僕は酒場に残り、アルティさんの帰りを待つことにした。
彼女のやっていたウェイトレスの仕事を引き継ぎながら。
何故かと問われれば
「好きな人のやってたお仕事を体験してみたいから〜」とごまかしてみたり。
「だったら着るのはウェイトレスの服じゃなきゃ〜」と楽しそうに語る目に
おそれおののいてみたり。

そうこうしているうちに。
彼女は、わりとあっさり帰ってきた。

その後、ひっそりと彼女から告げられた言葉は優しくて。
でも、僕が心の底で本当は望んでいた結果ではなくて。
涙が出そうになったけど、こらえて、笑って。
「うん、
大丈夫ですよ、僕は、伝えたかっただけですから」

そして、彼女も昔似たような経験をしたこととか、
本当の思い人のことを聞かせてもらって。
僕らは今まで通り仲良しでいようと約束して。

その日は神殿の自室に帰って、泣いた。
これが失恋の痛みというものかと妙にさめてる
もう一人の自分に見守られながら
泣いた。ひたすら泣いた。

涙は悲しい気持ちを洗い流してくれるという。
すっかり涙を流しつくして起きあがった僕は
もう普段通りの僕に戻っていた。
もう誰にも黒い感情なんか抱かない。
誰もが笑って暮らせることを幸せとし、そのために我が知恵を献げる。

僕はラーダ神官。シャルト・リュー。
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