映画について 平成13年4月21日

映画「怒りのぶどう」

私は若いころより映画が好きで、よく見たものであるが、最近は映画館に行くということがほとんどない。
映画が不振を囲っているのはテレビの影響ということは紛れもない事実であろうが、映画そのものにも魅力がなくなってきたことは言えていると思う。
同時に見る側の意識の変化というものもある。
映画というものは基本的にフイックションなわけで、この20世紀の後半から21世紀にかけての激動の時代には、その激動を報ずるのにテレビ・カメラというものが直接お茶の間にまで入ってしまうので、フイックションとしての映像というのはどうしてもその迫力という点で見劣りしてしまうわけである。
例えば、安保闘争の映像とか、成田闘争の映像とか、湾岸戦争の映像というのは、はるかに映画の迫力を凌駕している.
そういう生の映像では、映画という媒体がテレビという媒体をしのぐことは出来ないので、映画としての選択の道というのは、空想科学的な画面でもって観客をひきつけざるを得なくなってしまったわけである。
だからスピルバーグ監督の作品のようなものが幅を利かすわけであるが、世の中がこうなる前の映画というのは、我々のようなオールド・ファンにはたまらない魅力がある。
先日、テレビがあまりにも面白くないので、以前録画した映画を見ていた。
スタインベック原作の「怒りのぶどう」というものであるが、何しろ1940年製で、私の生まれた年に出来たものである。 60年前の映画ということであるが、監督は例のジョン・フォード、主演はへンリー・フォンダ。
その内容たるや非常に重苦しく、浮ついた気持ちで見れるものではない。
アメリカにおける農業の近代化と、資本主義の発達の狭間で、貧しい農民達の苦悩をえがいたものであるが、色々な意味で考えさせられる映画である。
私は不幸なことに英語が不得手で、耳から意味を解することが出来ないので、字幕を追っていかなければならないが、この字幕というのも懐かしい代物である。
今時は全部吹き替えてしまっているので、あたかもアメリカ人が日本語をしゃべっているように見えるが、我々の若いころは、この吹き替えの技術も未熟で、スクリーンの脇の字幕を追いかけて読まなければならなかった。
この映画も1940年製ということでもあり、まだ白黒のフイルムで、字幕であった。
オクラホマの貧しい農民が、農業の近代化の波に飲み込まれて、土地を奪われ、カリフォルニアに移住する話であるが、その中に出てくるルート66というのが非常に興味あるものであった。
このルート66・アメリカのマザー・ロードというのには、私は特別の興味を持っているわけで、というのは、このルート66という道路の名前そのものをテーマにしたテレビ映画が昔あって、私はそれのフアンであった。
それで特別にこのルート66というものが好きなわけである。
この「怒りのぶどう」にも、そのルートが出てきて、オクラホマからカリフォルニアまで、このルートで土地を奪われた貧しい農民達が流れていったのか、と思うと不思議な気がすると同時に、昔見たルート66という映画の中で、二人の若者がこの道を移動しながら、その道中でいろいろな事件に巻き込まれるというストーリを思い出していた。
そして、この「怒りのぶどう」では、貧しい農民がトラックを買い込んで、それで移動するという設定は、当然その時代のアメリカの状況を再現したものに違いないと思う。
貧しい農民が買い込んだトラックだから、当然それは立派なものではなく、いわゆるポンコツで、その時代の映画の中でも、「これで砂漠を越えるのはごめんだ」というセリフが出てくるということは、既にアメリカでも相当に危険なことであったわけである。
ところがこれを日本に置き換えてみてみると、1940年というのは私の生まれた年で、このときに私の父はいくらポンコツとはいえ、車というものを持ちえたであろうか?ということを考えると、やはり我々の場合はそういう事にはけっしてならなかったに違いない。
そして、ポンコツとはいえ、車というものに対する概念が我々、日本人とアメリカ人では全く違うわけで、そのことは同時に車に対する安全という面でも大きな民族の違いというものが見えてくる。
彼らの場合、安全というのはあくまでも自己責任なわけで、車から落ちようが落ちまいが、それは個人の責任であるが、われわれの場合、「車から落ちないように」と、乗る人の安全というものを大儀に掲げて「あれをしてはいけない、これをしてはいけない」という規制に縛られている。
その規制を守っていれば、その後の責任は国家が補償してくれるのかといえば、それは「安全義務違反であるからお前の方が悪い、よって国はあずかり知らぬ」と逃げるわけで、これでは国民の安全を守るための規正、という意味がないわけである。
ただただお上が下々のものを管理しているだけ、ということになる。
この60年前のルート66を、トラックの荷台に荷物を満載したまま、その荷物の上に人間が乗って移動して行く、という構図はまさしく西部劇の幌馬車の場面と瓜二つである。
その道中のドライブ・インでのやり取りが非常に人間味があり、こういう場面というのは好きだ。
厳しい現実の世の中にも、心やさしき人々が、職業の貴賎を問わず居る、ということは非常に心温まる場面である。
その場面というのは、ドライブ・インでトラック野郎がウエイトレスと無駄話をしているところに、一家の主が(カリフォルニアに行く途中のへンリー・フォンダの家族)二人の子供連れて入ってきて「パンを10セント分売ってくれ」というが、パンは15セントとである。
ウエイトレスは「売れない」というとカウンターの中のマスターは「昨日のパンダから一本くれてやれ」という。 そこには貧しい人に対する同情心がジワーッとにじみ上がっている。
一家の主はそれでも10セント置いていくが、帰りがけに入り口のアメを見て、「幾らか?」と聞くと、「1セントだ」とウエイトレスが答え、「それなら2つくれ」と、その主人が言って子供に買い与える。
それを聞いていたトラック野郎が「今日はいやに安く売るでないの!」声をかけるわけで、実際にはそれは5セントなわけである。
ウエイトレスも貧しい人に同情して安く売ったわけであるが、そのやり取りを見ていたトラック野郎は、その彼女の同情心に呼応して、またまたおつりを知らぬ顔してウエイトレスにくれてやる、というシーンである。
誠実さと善意の悪循環ならぬ正循環なわけで、それがほんの30秒ばかりのシーンの中に盛り込まれていた。
アメリカ人がいとも簡単に住居を転々とすることをモービリテイーというが、これは我々、日本人のような農耕民族にはない精神構造である。
この映画でも土地に執着する農民の姿というものはしつこく描かれているが、何処となく、我々の農民の執着とは違う様に見える。 それはやはり大陸と島国という地理的条件がなさしめているのかもしれない。
アメリカには自分の土地を失っても、何処かを開拓すればまだ土地はあるけれど、我々の場合は、もう既に開拓する土地そのものがないという条件が、人々の深層心理の入っているからかもしれない。 1940年という時代背景を考えると、この時代に既に、アメリカでは富める者と貧しい者という階層の衝突が起きているわけで、この階層というのは、人間の誕生以来出来ては消え、消えては出来ているわけであるが、やはり我々の場合とは少し違和感がある。
貧しい流浪の旅をしている人々が、車に乗っているというのは、我々の貧しさとは異質なもののように見える。
しかし、これは車というものが移動の手段として定着しているということで、我々の場合、移動の手段として車が定着するのは、戦後の高度経済成長の後になったわけである。 それまでの我々の移動の手段といえば、自分の足か公共交通機関しかなかったわけである。
それで、このへンリー・フォンダ家族がたどり着いたのが今で言うホームレスの溜まり場のようなキャンプ地で、そこはまさしく人間の掃き溜めと化していたわけである。 そして、ここでは資本主義と言うものが極限にまで誇張されて描かれている。
アメリカ資本主義というものを見事なまでに敷衍して抉り出しているが、やはりこれと同じ事は日本にもあったわけで、我々の場合それは女工哀史という形で文学にまでなっている。
しかし、この女工哀史と「怒りのぶどう」では、同じ貧乏を描いていても、やはりアメリカの貧乏と日本の貧乏の違いというものは歴然と存在しているわけで、そこが異文化の面白いところと言える。 ヘンリー・フォンダの家族が労働者募集の一枚のビラを信じきってカリフォルニアにまでやってくる、という設定は実にアメリカ的と言える。
自分にとっては一枚のビラであるが、資本家はそれを何千枚もばら撒いて、200人採用するのに千枚ばら撒いて、それを3千人が見て、5千人が集まるという話は、如何にも資本主義の資本家のやりそうなことで、大勢集まれば賃金がダンピングで尚下がる、という構図など経済学のセオリーをレクチャーしているようなものだ。
この労働者と、会社側に雇われた使用人との確執にヘンリー・フォンダが巻き込まれて、最後には官憲に終われる身になって姿を消さなければならなくなるというのが、このストーリーの流れであるが、もともとの原作がしっかりしているので、映画の中の登場人物の一言一言のセリフに非常に重みがあって、実に良いセリフの連続である。
古い映画であるが、やはり名作にふさわしい見ごたえのある作品だ。
21世紀という時代は実にあり難い時代で、家に居ながらにして、こういう昔の名作を見れるので、実に結構なことである。 昔、見たいと思いながら見逃したものを今再現できるし、見たものでも、とうに内容を忘れてしまっているので、ビデオという機械はまことにありがたいものである。

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