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自分史 2

私とコンピューター

昔、コンピューターのことを電子計算機と言っていた時期があった。
この電子計算機と言っていたころのものはとても巨大なもので、大きなビル一軒分に相当すると聞かされたものである。
そもそも電子計算機というのは、アメリカが原子爆弾を開発するための計算機として開発されたもの、というふうに聞いたことがある。
原子爆弾を開発するための複雑な計算をするのに、真空管を幾つも並べて、そのためにその容器がビル並に巨大いなものになったからだと聞かされた。
 それを今は子供でも自由に扱っているということを考えると、我々、旧世代の人間としてはどうにも感慨のしようがない。
そういう私も最近になってこのコンピューターなるものを使ってはいるし、その利便性を十分に発揮させるべく努力はしているが、もう若い人にはついていけなくなってしまった。
我が家でも子供が小さかったころは私が電子計算機について家族に向かって講釈をすることが出来たが、今では立場が逆転してしまって、私が一番遅れているようだ。
私は社会に出た当初、貿易会社にいたことがあり、そこでタイプ・ライターに馴染んでいたので、キー・ボードに対する恐怖感というものは無かった。
その為、ワープロというものに対し、畏怖する気持ちが無く、スムースの入り込めたが、それでも私がワープロというものに始めて接したのはかれこれ二十年ぐらい前になろうかと思う。
最初にワープロなるものを自分の目で見たのは西部、十九号線沿いにある西部の三階の踊り場でデモンストレーションをしていたのを見たときである。
例によって可愛い姉さんが華麗な手つきでデモンストレーションをしているの見て、これは是非とも自分のものにしなければならないと思ったものである。
しかし、その時に見た代物は、今で言うところのデスクトップのコンピュータよりも尚一回り大きな機械で、値段も七拾萬円と聞いたので、これでは中々自分のものにはならないなあとつくづく思ったものである。
これほど便利な機械ならばこの値段でも致し方ないかと思っていたところ、日本の科学技術の進歩のお陰で、日進月歩の勢いで安くなってしまった。
それでも私が最初に買ったものは、今の機種から比べるとまるで赤子のような機能しかなかったが値段は弐拾萬円近くした。
それから何度か買い換えたが、買い換える度に、値段は安くなりなり、機能は向上してきた。
機能の向上は有り難いが、あまり多機能であったとしてもそれを全部使い切ることは普通の人では不必要なことで、それよりも単機能に絞って価格を下げてくれたほうが使う側としては有り難い。
それともう一つ困ったことは、記憶媒体が古くなると新しい機械でそれを再生できないということである。
その上、メーカーが違うとお互いに互換性が無く、全く使い物にならないという点である。
今のように、基本的なOSの上に、ワープロソフトを載せて使うというものではなく、メーカー各社がそれぞれに機能を絞り込んで仕上げていたワープロであるので、汎用性に乏しかったわけである。
15年前にフロッピーに入れた文書が今の機械ではそれを見ることが出来ないので、一旦紙にプリントアウトしておかないことには昔の資料が役に立たないという不便である。
   古い機械をそのまま残しておけばこんな不都合も起きなかったかもしれないが、当時そこまで知恵が回らず、新しいものを手に入れると古いものはお払い箱にしてしまったことが後悔される。
会社の資料など8インチのフロピー・デスクで保存されているが、わずか10年前の資料が宝の持ち腐れになるということはなんだか割り切れない気持ちである。
記憶保存の媒体だけでも八インチから、6インチ、3,5インチからCDとめまぐるしく変わっているので、それに対応するのについていけない。
原子爆弾を作るためにビル一軒分の大きなものが今ではカバンに入れて持ち運べるぐらい小さくなっているわけで、その過程の中でコンピューターについて父親の威厳を示すべく妻子に講釈を出来たものが、今では逆に娘や家内に教えを請う立場になってしまった。
コンピューターというのも全く車と同じで文明の利器である。
メカニズムを全部知らなくても、如何に上手に使うかは使い手の側の頭脳の柔軟さによる。
私がこれに頼らざるをえない状況になったのは、肉筆が下手で、それを隠すためという卑屈な思惑があったからに他ならない。
ワープロを使うことでそのコンプレックスを克服できたかに見えたが、今では猫も杓子もコンピューターを扱うようになると、再びコンプレクスに苛まれるようになってしまった。
   娘などはテレビを見ながらでもブラインド・タッチで打ってしまうので、私から見ると神業としか思えない。
今、私が使っている機械は娘のお下がりである。
昔は親のお古を子供が借用したものであるが、今時はこれも逆転してしまって、子供のお古を親が使うようになってしまった。
コンピューターの発達というのはめまぐるしいほどの発達で、年寄りだからといって近寄らずにいると世間から取り残されてしまいそうな勢いである。
小泉総理でさえEメールで自分の所信を国民に流す時代である。
私の遊びの領域でもインター・ネットは文房具の領域になりつつあり、広辞苑並に傍に無くてはならないものと化している。

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