敗者の言い訳

俗に「無くて七癖」という言葉がある。
この俗諺の言わんとするところは、「全く癖がないと自分で思いこんでいる人でも七つ以上の癖がある」と言う事だと思う。
しかし、厳密に言えば、本人の意識していない事を癖といえるかどうかは疑問である。
自分で自分の癖を自覚している人はともかく、自分で自分の癖を探す、というのも自分で意識していない分、難しい事だと思う。
私の場合、今までの人生の中で三日坊主で終わるということが多々あったが、これが私が自分で自分に言い聞かせうる癖なのかもしれない。
物事が三日坊主で終ってしまうということは、根気がないわけで、その事は同時に粘り強さというものがなく、こつこつと根気よく物事を成し遂げるという集中力に欠けていると言うことでもある。
何のことはない、今日の自分を有らしめている本質そのものである。
世の中の人は初志貫徹をして成功を収めているが、成功し切れなかった人達というのは、皆私と同じように三日坊主で初志貫徹を放棄した人に違いない。
人間60年も生きていれば、いろいろな事に挑戦を試みたに違いないが、それがすべて途中で挫折しているからこそ、功成し、名を上げれなかったわけである。
世間では、功成し名を上げた人を成功者と呼び、顕彰を惜しまないが、それにも大きな犠牲が払われているということを見落としがちである。
その犠牲のことを考えてみると、必ずしも成功を収めた人を羨ましがる事は無いかもしれない。
これは敗者の哲学でであると同時に負け惜しみでもある。
今、人生のたそがれの時期に差し掛かって、挫折の歴史を振り返ってみると、その挫折の一つ一つに立派な理由があるというのも不思議な事である。
立派な理由があったればこそ、そこで初志貫徹がUターンしてしまったわけである。
これは敗者の負け惜しみである事は言うまでも無いが、自分史である以上、その負け惜しみを披瀝する事は、恥ずかしい事ではあるが、耐え忍ばならぬ関門であろう。
私の場合、それは油絵への挑戦であった。
これも大上段に振りかぶって一念発起して何が何でも挑戦してやろうなどと大きな野望を抱いてはじめたわけではない。
たまたま手持ち無沙汰に、金のかからない趣味でもなかろうかと模索していた時、小牧市の市民講座で絵画の講習があり、それで始めたわけで、厳密に言うと三日坊主で終わったわけではないが、結果的には2,3年で棒を折ってしまった。
やはり何の習い事でも少し手を染めてみると、自分に適性があるかどうかは自分でも分かってくる。
その意味からすれば、最初から自分には才能がないとあきらめて手をつけづにいれば三日坊主にもならず、自責の念に駆られることも無く、精神衛生上そちらの方が良い事になる。
それは私の場合、楽器の演奏である。
これはもう明らかに自分には才能が無い事が自明なものだから最初から手をつける気も起こらない。
ところが多少とも下心があると、ついつい自分を忘れて「やってみようか」という邪な心が頭をもたげ、結果的に三日坊主に終わってしまうわけである。
絵が挫折した動機は、自分の才能が見え出したのと同時に、仲間との落差を実感して、それを克服する自己との戦いに敗れたという感じである。
しかし、絵が自分には向いているかいないかも、やってみないことには分からないわけで、その意味では手を染めただけの事はあったわけである。
趣味の段階では仮に三日坊主で終わっても何も実害は無く、そういう意味では手広く手を付けて、いろいろな事を経験しただけ得だという考え方も成り立つが、やはり三日坊主で終わるということは自分への敗北を認めざるをえず、精神衛生上よろしくない。
自己の精神力に負けて敗北しなければならないときもあったが、案外、金の切れ目が縁の切れ目という場合もある。
これも三日坊主という端的なものではないが、私のスキーに対する思い入れというのは並々ならぬものがあると自分では思ったいたが、これが金がついてこずに見事に挫折した。
スキーがしたくて自衛隊でも一番状況に恵まれたところに赴任したのに、4シーズン目を目の前に、またまた小牧の基地に転勤になってしまって、自分ではこの転勤が一番心残りであった。
もう2シーズンか3シーズン北海道で過ごせたならば、自分でも納得のいく腕前、この場合は足前とでもいうのだろうか、とにかく自分で納得のいくところまでいけたのに、それが自分の意思とは関係のない外部要因でそれがかなわなくなってしまったので、このときは悔しかった。
内地に来ても行けば良さそうに思うが、やはりそこは家庭というものを持った以上、家庭を犠牲にしてまで自分の好きな事に現を抜かすというわけには行かなかった。
金の切れ目が縁の切れ目で、これもそういう理由で挫折に終わった。
自分の夢の挫折に立派な理由をつけるところが凡人であり、敗者の弁解でもある。
しかし、自分のスキーの腕前、いや足前は、自分の納得の行く手前で挫折したと思っていたが、子供が出来、その子供にはそれなりの腕前、いや足前にしてやろうと密かに思っていたが、こちらの方はどうやら成功した。
長男も長女もまだオムツも取れない頃からスキー場に連れ出したので、彼らはそれなりに上達している。
彼らの仲間内でスキーに行っても並以上の腕前ではないかと親馬鹿丸出しで想像を巡らしている。
自分の夢は果たせなかったが、その夢を子供に託すのには成功したという点では由としなければならない。
一度始めた事が三日坊主で挫折するのが私の癖だとしたら、一刻も早く挫折すべき事が、頑固に居座って、中々挫折しないものが一つある。
それは喫煙である。
周囲からもやかましく責め立てられ、自分でも何度も禁煙に挑戦したが、これも例によって禁煙の方は挫折し、喫煙の方は頑固に居座っている。
何かの言葉にあったようにやはり「馬鹿は死ななきゃ治らない」と言うのは紛れもない真実だ。

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