朝日新聞  04.01.28

1月28日の朝日新聞

朝日の論調

 

我が家は朝日新聞を購読している。

特別に理由があるわけではなく、執拗に迫る勧誘員のしつこさに負けて、中日新聞と一年交代で取ることになっただけで信念を持って朝日を購読しているわけではない。

その朝日新聞の平成16年1月28日の記事には非常に面白いものがあった。

29頁、社会面に「イラク派遣 どう伝えたか」という大見出しで、新聞各紙の論調の比較が載っていた。

産経、中日(東京)、日経、毎日、読売、朝日と各社の社説から抜粋されたものが載っていたが、これを読んで見ると非常に面白い。

自社の朝日の記事が一番下になっているが、これは他社に敬意を評したのかどうか知らないが、論調も朝日の伝統に則り、一番左翼的であり、非国民的であり、非協調的であるところがいっそう面白い。

朝日のいう「私たちが小泉政権の方針に反対するのは、復興支援を軽視しているわけではない」と最初に逃げをうっておいて、「あの戦争を支持できないからだ」と論旨を展開している。

この論調を深めると、朝日には「支持できる戦争」と「支持できない戦争」があるといわなければならない。

ここでもう論理が行き詰まってしまうわけで、人間の織り成す行為を「正義」とか「善悪」、「正邪」という物差しに当てはめて考えようとしていることを暴露している。

「フセイン政権の崩壊は歓迎すべきことにせよ」とこれも最初に逃げの手をうっておいて、「米国が国連の同意なしに行なった戦争はむしろ国際協調を壊した」と締めくくっている。あのイラク戦争をマス・メデイアの報ずるところから我々が知る限りにおいては、フセイン大統領というのは国連の決議も何も全く眼中になく、誰のいうことに対しても耳を傾ける意志はなかったではないか。

大量破壊兵器を持っていたにせよ、いなかったにせよ、査察を素直に受け入れていれば、アメリカだとて戦争するには至らなかったわけである。

フセイン大統領に今日本でいわれている情報開示、疑わしきものは公開し、疑惑を払拭する気さえあれば、戦争には至らなかったわけである。

アルカイダとの繋がり、オサマ・ビンラデインとのつながりを公開し、説明し、情報の開示に応じていれば戦争には至らなかった。

フセイン大統領と、アルカイダ、またはオサマ・ビンラデインとの関係が不明朗だったからこそ、アメリカとしては戦争せざるを得なかったわけで、フセインにしてみれば国連などというものには何も脅威も感じていなかったわけである。

日本のマスコミは国連というものに非常に価値を置き、その権威を頼りにしているが、これこそ伏魔殿のようなもので、参加150カ国以上の主権国家の利権と国益が渦を巻いて輻輳しているところと思わなければならない。

国連、国連というものの、その国連もアメリカ抜きにはありえないわけで、国連がいくら人類の理想を具現化するものであったとしても、アメリカの力の前では如何に無力かということを指し示しているわけである。

国連の名における紛争解決というのも、実質はアメリカの戦争の別の言い方であったわけで、国連が本当に国連として行動するならば、アメリカ以上の武力を持たなければそれはありえないはずである。

アメリカが国連の決議に反してイラクで戦争をしたからと云って、アメリカを制裁しきれる国はありえないわけで、旧ソビエット連邦が崩壊してしまった今、アメリカに対抗しうる勢力というのは地球上に存在しない。

日本でアメリカのイラク攻撃に批判的な人は、日本のアメリカ追従外交がいけないと言っているが、かっての太平洋戦争というのは、日本がアメリカと対等の立場に立とうとしたからああいうことになったわけで、そのことを考えれば今日の日本は好むと好まざるとアメリカとは協調せざるを得ないのである。

政治、外交というのは人間の感情で推し量ってはならないわけで、あくまでも人間の行為として、人間の心の内ということを冷静に考え、理性と知性で推し量らなければならないのである。

人間の心の内側というのは、正とか、善とか、正しいとか、正しくないという価値基準では測れない筈である。

政治・外交というのは、人の集団としての国家の存立が左右されるわけで、国家の存立を一時的な感情で推し量ろうとすれば又歴史は繰り返すという現実に直面してしまう。

我々の戦後の歴史だけを見ても、占領から独立をしようという当時の為政者の熱意に対して、「独立は罷りならぬ、占領のままでおれ」と、日本の国立大学の先生方が徒党を組んで反対した事例があるではないか。

安保条約の不平等を是正しようとした当時の為政者に対して、国会議場を取り囲んだ全学連のデモ隊というのは一体なんであったのか。

こういう事例は、日本の大衆の感情論の発露であったわけで、大衆が感情の赴くまま声高に叫んでいることを真に受けたとしたら、その為政者は自国民に唾を吐きかけたも同然である。

そういう大衆の感情を振り切っても、当時の為政者達が自分の信ずるところを推し進めたからこそ今日があるのではなかろうか。

朝日新聞はそのところが判っていないので、相も変わらず無責任な奇麗事を並べている。

産経新聞の論調

 

産経新聞のいう「テロにおびえて陸自本体の派遣を断念することは、政局への深刻な影響にとどまらず、国際社会からの侮蔑を受け、容易に立ち直れない打撃を被るであろう」という論調は正論だと思う。

新聞テレビ等で報道されるイラクの状況というのは、一国の主権国家としての体をなしておらず、有象無象の野蛮人の集合としか言いようがない。

赤十字や、国連や、暫定統治機構や、報道関係者等々、テロをする側から見ればその標的は何でもいいわけで、その標的の中には自国民つまりイラク人までいるわけで、こうなるとただただ人の形をした殺人者の集団ということでしかない。

敵も味方もないわけで、ただただその周りにいる人ならば、何国人であろうと、何をしている人であろうと、敵も味方も存在しないわけで、ただただ人さえ殺せば良いという感じである。

日本国内でイラクの復興支援に自衛隊が行くことに反対している人は、「こういう危険なところだから自衛隊を出すな」と云っているわけで、ならば誰を出せばいいのかということである。

私の個人的な考えからすれば、そんなイラクなどに「復興支援する必要など元々ないのだ」と言いたいし、そう思っている。

一市井人の私はそう思っても構わないが、我々の国の首相という立場に至れば、アメリカとの強調も維持しなければならないし、国連の顔色も伺わなければならないし、日本の経済力ということを勘案すれば、一人もイラクに派遣しないという事はどう考えて出来ない相談だと思う。

そのことを産経新聞は言おうとしていると思う。

先の湾岸戦争の事例を見ても、やはり金を出すことも重要だが、それよりも仲間と共に血と汗を流さなければ人は信頼してくれない、ということがきちんとわかったではないか。「仲間と共に」という言い方は非常に俗っぽい言い方であるが、要するに国際協調の一環として血を流す決意を示さなければ、仲間、国際間では信用されないということである。

「信用を得るためならば人が死んでもいいのか?」という論法になると思うが、それだからこそ危機回避能力のある自衛隊員が行くというわけである。

ボランテイア団体を出してすむことならば誰もこんな苦労はしなくてもすむわけで、こんな有り難いことはない。

人さえ見れば殺しまくるテロ集団の横行している地域に、ボランテイア団体を送ることほど人命軽視もありえないわけで、反対派の人々はそれで良いと云っているのである。

こんなバカな論旨もありえない。

 

日経新聞の論調

 

日経新聞が冒頭に言っている「イラク復興に対する国際連携の輪に日本が加わるのは当然である。現地の状況を考えれば食料、宿舎、安全確保など自前でまかなえる自衛隊の派遣が最も現実的と考えるのも自然である」という論旨も正論だと思う。

アメリカがフセインを倒すのに、国際連合のアドバイスを聞き入れずに独断専横的に振舞ったのは、アメリカの国益を優先させたことはいうまでもないが、アメリカの国益という事はアメリカ企業の利益の追求という面ばかりではないはずである。

フランス、ロシア、ドイツがアメリカの決断に組しなかったのは、これらの国の国益が夫々の国の企業の利益に直結していたからであって、アメリカにおいてもその部分の思惑が全くなかったわけではないが、やはりそれよりも民主化の押し付けという部分と、アメリカに歯向かう勢力を根絶やしにしなければアメリカ国民の安全が脅かされる、という危惧の方が優先していたと思う。

アメリカ国民が枕を高くして眠れないようでは、アメリカ大統領としての資質が問われるわけで、その意味ではブッシュ大統領の政権の安定化という、うがった見方も出来ないことはないが、そういう裏の裏までを詮索して、意地悪な解釈で重箱の隅をつつくようなものの見方をしていると、物事は一歩も前に進まないことになる。

国連というのは、国連自身の利益というものはありえないが、個個の主権国家というのはそれぞれに国益というものを抱えているわけで、夫々の国の国益を調整するのが国連の使命のはずである。

イラクが国連の決議に誠実に答えれば、こういう事態には至らないわけで、サダム・フセインというのは国連の決議に屈すること、つまり査察を受け入れること自体が、イラクの国益を損なうと考えていたわけである。

これは当然のことである。

そして日本の知識人という人々は、国連の決議ならば絶対正義だと思い込みがちであるが、

この国連決議そのものが、各国の国益のバランスの上に成り立っているわけで、そのことは当然力の強い国の影響力がモロに反映されているということである。

フランス、ロシア、ドイツがアメリカの戦争開始に同調しなくても、アメリカは単独でもそれを行なえたし、行なう力を持っていたが、それに反しこれらの国々はイラクに大きな石油利権を持っていたので、その利権を放棄する勇気がなかったからアメリカに同調できなかったのである。正でも悪でも善でもない。あるのは国益である。

アメリカとイギリスも同じように利権は持っていたが、彼らはそれを放棄しても尚サダム・フセインと彼の同調者、つまりアルカイダ等のテロ集団を断ち切りたかったわけである。

今日のイラクの混迷というのはその総てがイラク人の問題である。

29日の朝日新聞の報ずるところによると、サマワに駐屯した陸上自衛隊に対して、部族長が自衛隊を守るということを申し出たと報道されている。

我々にとっては非常に有り難いことであるが、この21世紀においても部族長が部族を率いているという現実を見たとき、我々は「アラビアのローレンス」を髣髴させる光景だと考えなければならない。

一部の部族に守られて自衛隊が所定の任務を全うし、無事帰還できればこれほどめでたいこともないが、この部族の存在ということをもう一歩深く考えなければならないと思う。この現実は、未だにべドウインの状態のままだと思わなければならない。

21世紀においてもイラクという中東の地に住んでいる人々は17世紀か18世紀のべドウインの世界に生きているということである。

意識的にそういう時代遅れの人々が、銃や車という文明の利器だけを使いこなしているわけで、これではテロが起きても当然である。

自分の気に入らない人、物、勢力、グループ、団体、宗教というあらゆるものを、「自分が気に入らない」という理由だけで抹殺しようとしているわけで、これは野蛮という言葉でしか言い表わしようがないと思う。

そしてこれを「危険だから」と言って、誰も成敗に行かずに放置しておけば、又新たな9・11事件を引き起こすことになるわけで、その矛先がアメリカの向けられているとなれば、アメリカとしても静観しているわけにはいかないと思う。

国連がどういおうとも成敗に行かなければアメリカ国民が納得しないに違いない。

バクダットが制圧された後になっても、アメリカ軍兵士に対するテロ行為が後を絶たないという事は、イラクという土地そのものが国家の体をなしていないということで、そこではべドウイン対異教徒という構図になっていると思う。

意識としてのべドウインが、人を殺す合理的手法としての文明の利器だけは排除することなく自分たちの目的遂行に使っているわけで、人を殺すことに悔悟の念を持たないイラクの人々が、秩序を回復し、国土を復興ということは相当長引くのではないかと思う。

だからこそ世界中がイラクを何とかしようと言っているわけで、「そういう野蛮な国に日本人を出すことはない」という人々はまことに身勝手な人たちといわなければならない。

「自衛隊の海外派遣は憲法違反だ」という50年も前の認識を振り回すことは、イラクのべドウインと同じ発想なわけで、21世紀の世界というものを自分の目で見、自分の頭で考えていないということである。

毎日新聞の論調

 

毎日新聞の論調も私の目からすれば非常に妥当性があるように思われる。

「対米追従以外に戦略を待たない現状では、行かない選択がもたらすリスクが大きすぎる」という趣旨は非常に説得力を持っていると思う。

日本が対米追従以外の戦略を持ち合わせていないという見識は非常に説得力があると思う。我々は太平洋戦争で敗北した以降というもの、対米追従以外に生きる術を持ち合わせていない。

太平洋戦争で敗北し、アメリカ軍に占領され(正確には国連軍であったが実質アメリカ一国であった)、その占領から独立しようかどうかというときに、時の大学教授たちはこぞってその独立に反対した経緯がある。

その時の大学教授たちというのは、大戦中は沈黙を守り、影ながら同胞の政府に協力しながら、状況が変わると衆を頼んで、徒党を組んで同胞の政府に弓を引いて、時の政府がアメリカ追従一辺倒になることを拒否しようとしたわけである。

結果として、その当時の日本の国立大学の教授たちの考えていたことは大間違いであったわけで、日本はアメリカに追従したからこそ戦後復興がなったわけである。

先の第2次世界大戦、日中戦争から太平洋戦争の間、日本の大学というのは一体何をしていたのであろう。

帝国(国立)大学の教授、教官として国家の禄を食みながら何を国家に貢献したのであろう。

象牙の塔に引きこもって研究に余念がなかったというならそれはそれで致し方ない。

ならば戦後もそういう態度を守り続けるべきであるが、戦後は執拗に政府に干渉し、学内で政治活動に明け暮れ、反政府、反体制を売り物にするという事は一体どう解釈したらいいのであろう。

戦前、戦中は治安維持法があって自由にものがいえなかったという事はよく聞く台詞であるが、これも床屋談義レベルの言い逃れで、高等教育を受け、知性、理性共に優れた選抜された人としての大学教授ならば如何様にでも解釈で逃げ切れると思う。

戦前、戦中の大学人はやはり沈黙を守り、嵐の去るのをじっと耐えていたという感を拭いきれない。

今、「日本の対米追従を見直せ」という論議は、一見整合性を持っているように見えるが、そんなことは理想論の域を出るものではなく、現実にはありえないことである。

悲しいかな、日本人というのは対米追従している間は平穏な生活を享受できるわけで、アメリカと対等にものを言おうとすれば、戦前の日本に立ち返ってしまう。

戦前の日本は、アメリカに対して互角にものを言ったからこそ、我々は奈落の底に突き落とされたわけで、アメリカに追従している限り、生活は保障されているわけである。

アメリカの追従外交を批判する人に、戦前の耐乏生活に耐える勇気があるであろうか。

そういう事をいう人々というのは、自分には責任が何もないので、言い放しで済むから、無責任極まりないことをいっておれるが、現実の問題として今の日本で対米追従以外の選択肢がありうるであろうか。

主権国家同志が対等にものを言い合うという事は、力が均衡していなければならないわけで、イラク対アメリカ、北朝鮮対アメリカというのは対等にものを言っているわけではない。

対等でないからこそ虚勢を張ったり、ブラフを掛けたりして何とかして我を通そうとするから、究極のところ武力行使というところまで行ってしまうのである。

過去の我々もそうであったではないか。

フランス、ロシア、ドイツがアメリカの行動に反対を唱えたのは、これらの国々がイラクに利権を持っていたのと同時に、アメリカ国民というものがこれらの国々の末裔であるから、親戚のよしみで少々の我儘も許されているわけで、これらヨーロッパ諸国と黄色人種の我々を同列に論ずること自体無理がある。

ヨーロッパ諸国がアメリカに反対したからといって日本人、特に黄色人種の我々が同じようなつもりでその尻馬に載っているととんでもない結果になるものと思う。

アメリカには人種差別というのは歴然と存在するわけで、表面には出ていないが、アングロ・サクソン系の人々の中には潜在意識として残っているわけである。

この潜在意識こそアルカイダやオサマ・ビンラデインが攻撃の対象にしているものともみなさなければならない。

世界というのは日本の知識人が言っているような奇麗事の世界ではないないわけで、現実に即した食うか食われるか、生き馬の目を抜く過酷な世界なわけで、今の日本には対米追従外交以外に生き残れる道はないと思わなければならない。

事ほど左様に、我々は世界の各国の善意というよりも、利害得失の狭間の中で生かされているわけで、我々がアメリカのくびきから離れて、独自の、つまり対米追従でない道を選択したとすれば、世界中が枕を高くして眠れないに違いない。

彼らは警戒し、再び日本を締め出し、ジャパン・ハッシングを打ち出すものと考えなければならない。

日本がアメリカの腰巾着だからこそ、戦争放棄して、自衛権までも喪失したままでも生かされているが、これが戦前のように日本が単独で判断し、決定し、独断専横的に行動するとすれば世界は恐怖におののくに違いない。

という事は再び日本包囲網が組まれ、経済制裁が課せられ、世界の孤児になってしまい、それと同時に我々は再び奈落の底に転がり落ちるということになる。

悲しいかな、我々はアメリカの腰巾着だからこそ今飽食の生活が出来ているのである。

アメリカにすれば日本が何を言おうが、それがアメリカの国益にかなっている限り、言う事を聞く振りをするが、日本が独りよがりなことを言ったとすれば、彼らは聞く耳を持たないものと考える。

日本がいくら良い事を言っても、相手が聞かなければそれはそれで致し方ない。

主権国家同士の関係というのはこういうものだと思う。

現に先の湾岸戦争のときでも、今回のイラク戦争のときでも、国連なり、ロシアなり、フランスなり、その他もろもろの、日本の社会党までもが、サダム・フセインを説得に行ったではないか。

それでもサダム・フセインは聞く耳を持たなかったわけで、事態がこうであれば最後は武力行使しか選択の道がなかったわけである。

アメリカが国連の決議を無視して武力行使を行なったという言い方は、非常な奇麗事でものを言っている。

国連には国益というものが存在しないが、アメリカには国益というものがあるわけで、アルカイダやオサマ・ビンラデインがいくら人を殺そうが、国連は哀悼の意を表するだけで済むが、アメリカはそうは行かないわけである。

アメリカとしてはテロを許すわけには行かないはずである。

国連は人類の理想ではあるが、理想だけを追っていても現実に対処することは出来ないわけで、サダム・フセインを説得できなかったことだけでも、国連の権威は砂上の楼閣であったということである。

国連というのも、アメリカを屈服させるだけの力はないわけで、アメリカが「やる」といえばそれを止めさせる術を持っていないのである。

国連というものに国際警察の役割、または武力行使の仲裁の役割を担おそうとすれば、アメリカ並みの軍事力を持たせなければならない。

それが出来ない限り、アメリカの独断専横を止めることは出来ないわけで、こういう状況下で、日本はアメリカに追従せざるを得ないし、だからと言って国連をも無視して良いわけではない。

やはり、国際的に何かを貢献しようとすれば、国連抜きにはありえないわけで、アメリカに追従しながらも、国連にも秋波を送らなければならないわけである。

日本が今日繁栄を謳歌できているのはアメリカ一国だけではないわけで、地球規模で物の行き来、金の行き来、人の行き来が成り立っているからであって、アメリカ一国と付き合っているわけではないからである。

今回のイラク戦争で、フランス、ロシア、ドイツがアメリカに協力しなかったのは、狡猾な外交戦略なわけで、これらの国々はアラブ諸国に恩を売っておきたかったのである。

ヨーロッパにはアラブ系の住民というのが大勢いるわけで、その人たちというのは具体的に9・11事件のようなことをこの地域では引きおこしていない。

もしこれらの国々が安易にアメリカの口車に載ってしまえば、逆にああいう事件が今後起きる可能性があるからだと推測する。

彼らアルカイダの連中は、ヨーロッパで下準備をしておいて、それをアメリカで実施しているわけである。

ところがこれら3国がアメリカのいうなりに、いきなりイラク攻撃に参加してしまえば、直接アルカイダの標的になる可能性があるからだと思う。

日本が自衛隊をイラクに送るという論議が出ると、アルカイダの方は日本も標的にするといっていたが、彼らにしてみれば標的は何でも良いわけである。

目の前に自衛隊がいれば当然自衛隊も標的になり、赤十字であればこれも見境いなく攻撃し、自分たちの同胞であるべき暫定自治機構でもお構いなしに攻撃しているわけで、こういう人達に対して、誰が「そういう行為を止めよ」といえるのだろう。

我々からすれば狂信者以外の何物でもない。

こういう人たちに対して、誰がどう説得したら無意味な殺戮を止めさせることが出来るのであろう。

「放置しておけばいい」という意見も当然あるだろうが、そうすればテロはイラクの地を離れて、地球規模で世界各地で起きるということになる。

それを阻止しようと立ち上がったのが、アメリカなわけで、国連は本来ならばアメリカをフォロー・アップしなければならないはずである。

国連決議というものをアメリカの動きやすい方向に導いてやらねばならないと思う。

ところが国連の場というのも、国益と国益がぶつかりあっている場なので、本音と国益を秤りにかけて、国益を優先させたのがフランス、ロシア、ドイツであったわけである。

 

朝日の論旨の続き

 

最後の朝日新聞の奇麗事に関しては先に述べたが、後半のほうで「日本は本格的な支援に乗り出さねばならないが、無理を重ねて自衛隊派遣を急がずとも、占領を早く終わらせ、国際社会の総意で国つくりを助ける体制ができてからいい。」と言い切っている。

ここでも「本格的な支援に乗り出さねばならない」と偽善ぶって奇麗事を言って、そう言いながら政府の足を引っ張っているわけで、政府のすることに反対ならば「イラクなど復興支援する必要はない」と頭から否定すればよさそうに思う。

ところが、やはりそれを正面切って言うだけの勇気は持ち合わせていない。

だから「支援は必要だ」と、自分たちの逃げ道を作りながら、「でも小泉首相がやろうとしている事は間違っている」と論旨を切り返すわけである。

そして「国際社会の総意」などという奇麗事に至っては、全くものを知らないということを暴露しているようなものである。

先の湾岸戦争の時は、イラクがクエートに侵略した事が明々白日だったから国連も意見の一致を見たが、今回のイラク戦争に関して言えば、サダム・フセインが大量破壊兵器を隠匿しているか否かが判然としていなかったから、国連が割れたわけである。

大量破壊兵器の有無を隠匿し、判然とさせなかったのは明らかにサダム・フセインの作戦であったわけで、「持っていないのに攻撃した」という卑怯ものの烙印をアメリカに被いかぶせる魂胆であったわけである。

「国際社会の総意」などというものを待っていた日には、何時までたっても物事は前に進まないものと思う。

そして「総意」でさえあれば、それが「善」だと思い込むの浅薄な知恵で、総意イコール愚昧ということも往々にしてあるわけで、「皆が賛成したから」という言い方は一見整合性があるかに見えるが、これほど危険で無責任な判断もない。

総意こそ疑って掛からねばならないことでもある。

古くはヒットラーのナチの総意、日本の大政翼賛会の総意、旧ソビエットの共産党大会の総意、中国の人民大会の総意、総て総意という名の元に間違ったコースを歩んだではないか。

総意という言葉はきれいだが、その内情というのが愚昧に等しいわけで、奇麗な言葉に酔ってはならないと思う。

 

女教師の涙

 

同じ日のオピニオンのページ、14頁は「記憶の歴史シリーズ」と称して、戦中の個人の思いを網羅した投書のページになっていた。

この日の投書は、戦後教科書に墨を塗った体験が語られているが、この時生徒の教科書に墨を塗らせた先生の思いというのはどういうものであったのだろう。

先生が泣きながら頼むようにして、生徒の教科書に墨を塗らせたという話も掲載されていたが、私自身はこういう体験はない。

しかし、玉音放送を聴いて皇居前で頭を垂れている人々の姿というのは映像では見ている。この時に、この時間に、遭遇した人々の気持ちは一体どういうものであったのであろう。私の父の場合、所用で上京しており、省線の駅で聞いたといっていたが、その場では敗戦、終戦の実感というのはあまりなかったみたいだ。

誰でもが玉音放送の意味がわからなかったという事は一様に言っている。

あまり明瞭に敗戦と言う事がわかってしまうと、それこそクーデターでも起きかねないので、故意に曖昧で聞き取りにくいものにしたということも聞いた事がある。

現に、あの放送をさせないように軍部の中でクーデターまがいの事件も起きていたが、天皇陛下が「戦争を終わらせる」といっているのに、なおも戦争を続けようと考えていた人々というのは一体なんであったのだろう。

東京は文字通り焼け野原で、食うもの、住むところ、着るものもろくにないのに、尚戦争を継続させようと思っていた人々というのは一体何を考えていたのであろう。

確かに、その直前までは本土決戦がまことしやかに語られていたが、本土決戦となればそれこそ日本民族は滅びるわけで、そうなってはならないと天皇陛下はポツダム宣言を受け入れる決心をなされたわけである。

にもかかわらず、軍人の中には、それでも尚徹底抗戦を唱えた人たちが少なからずいたわけで、こういう人たちは一体何を考えていたのであろう。

今の我々は、過去にこういう日本人がいた、と言う事をきれいささっぱり忘れて、「政府に騙された」という言い方を臆面もなくしているが、実質は我々の同胞としての軍人の中に、本土決戦で徹底抗戦をして日本全土を東京並みの焼け野原にしてもなお戦うんだ、という人がいたわけである。

これを我々は今どう考えたらいいのであろう。

一般国民の側には本土決戦を信じ、それがあるものだと思い込んでいた人がいても不思議ではないが、あの時点でそれをすれば、ますます無辜な国民の犠牲が増えるだけであったに違いない。

既に東京は完璧なまでに焼け野原にされていたわけで、それでも尚戦うという事は、悲劇の屋上屋を築くようなものであるが、それが判っていながらも尚それを信じていたということは一体どういうことなのであろう。

こういう不合理は既にその前にも現れているわけで、1万mの上空を飛来するB−29に対して、我々は防空頭巾とはたきと竹槍で対抗しようとしていた。

これはアメリカ側が使っていた焼夷弾による火事の延焼を防ぐという意味での対抗手段であったが、こういう状況ならば当然我々の側の勝ち戦というものは望めないわけである。こういう状況下に立ち至っても尚戦い続けようとした、その責任は一体何処にあるのであろう。

昭和天皇はこういう状況を鑑み、ポツダム宣言を受け入れ、降伏することを自らの責任で言明されたわけである。

天皇が降伏すると腹を括っているのに、尚もそれを無視してまでも戦い続けようとした人々の心境というのは一体どうなっていたのであろう。

極東軍事裁判史観に凝り固まった戦後の我々の同胞の内の知識人たちは、戦争責任を天皇にも負わせようと様々な論議を繰り返してきたが、本当の戦争犯罪人というのは、もっともっと他にいるのではなかろうか。

玉音放送の録音盤を略取して日本が降伏するのを阻止し、尚も戦いを続けようと図った人々は、高級軍人ではなく、高名な政治家でもなく、若い下級兵士、いわば一般庶民に極めて近い階層の我々の同胞であった。

この若い下級兵士たちも、戦争の継続を望んでいた、という意味で今でいう戦争犯罪人ではなかろうか。

そして、玉音放送を聴いて、皇居前広場で頭を垂れて落胆している人々、戦後のある時期、涙ながらに教科書に墨を塗らせた先生達というのは、あの時、あの瞬間、どういう気持ちであったのだろう。

本土決戦すると思っていたものが、突然敗戦ということになった時のショックというのは一言では言い表せないに違いない。

人に依っては、これで灯火管制をしなくても済むから、夜が明るくなったという感想を述べた人もいる。

しかし、あの時のショックというのは、そんな単純なものではなかったと思う。

張り詰めていた糸が急に切れたような、パンパンに膨らんだ風船がパンクしたような、この日まで緊張し緊張して生きてきたのに、その緊張感が急に消えてしまったような、むなしい虚無感に打ちひしがれたのではないかと想像する。

とはいうものの、大部分の国民にとっては、その日からも生きていかねばならなかったわけで、仮に大きな虚無感に打ちひしがれたとしても、先ず食うことから考えなければならなかったに違いない。

昭和20年、1945年の東京というのは見事に灰燼と化していたようだ。

父の書き残したものによると、その時、新宿から品川の海が見えたということだ。

それでも尚戦おうとした、戦いを継続しようとした同胞がいたと言う事を我々はどう考えたらいいのであろう。

この日のオピニオンのページに載った投書を読んで、そういうことに思いをはせたが、ここで記されていた、若い女教師が涙ながらに頼むようにして、生徒に墨を塗らせたという箇所を読んで、この先生はどういう思いであったのだろうかと考えてみた。

この女教師の涙は、この価値観の大逆転を身をもって体験し、消え去るべき運命の古い価値観に愛惜の情があったのであろうか。

それとも価値観の大転換を、上から強制された(占領軍による強制)ことへの悔しさなのであろうか。

はたまた大日本帝国臣民という価値観が否定され、新たに受け入れなければならない、あたらしい価値観と交代する惜別の思いであったのだろうか。

 

ものが言えない雰囲気

 

私が不思議でならないのは、ゼロ戦や軍艦大和を作り上げるような合理精神を持った我々の同胞が、何故B−29の飛来に対して防空頭巾と竹槍で対抗しようとしたのか、この意識のギャップが不思議でならない。

同じ日本人でありながら、片一方は工業的に素晴らしい合理精神を持ちながら、もう一方では、その合理精神の対極にある、神がかり的な精神主義を吹聴していたわけである。

歴史の反省としてあの戦争の責任を旧軍人に負い被せるのは簡単だし、事実その責任の大部分は旧軍人が負うべきであるが、政治の流れとしてみた場合、軍の高級幹部であろうと、政府の要人であろうと、少なくとも国民の上に立つ人たちが無学文盲の馬鹿ではないはずで、その中には当然外国語にも堪能で、外国の事情にも詳しい人も大勢いたはずだと思う。そういう人たちが、何故軍の独断専横を阻止し、天皇の意思を少しでも具現化する行為、行動が取れなかったのだろうか、と不思議でならない。

戦争の流れの中で、敗色が濃くなると共に物資が不足しだして、思うように物が作れなかったという事はよく聞き、理解出来るが、そんな事は始める前から判っていることで、だからこそ我々は台湾を統治し、朝鮮を統治し、満州国を作り、物資の不足から脱却しようとしていたはずである。

こういう状況下で、軍が中国大陸で政府のコントロールからはなれて勝手な行動をしたからこそ、我々は奈落の底に突き落とされてしまったわけであるが、その遠因は明治憲法にあったといわなければならない。

明治憲法下ではシビリアン・コントロールという概念がまだ芽生えてもいなかったわけで、軍部の独断専横を誰一人として阻止することができなかった。

結果論として、昭和天皇が立憲君主制に固執せず、専制君主として、自分の思うとおりに政治をすれば、日本国民が塗炭の苦しみを味わうことはなかったかもしれない。

その事は天皇陛下が独裁者として、政府のコントロールを離れた軍人達を一刀両断に更迭しておれば、戦争を回避できたかもしれないということだが、天皇は立憲君主として法を重んじられたからこういう結果を招いたということだ。

我々、日本国民、大和民族というのは実に曖昧なところがあるようで、憲法を始めとしてあらゆる法律、ルールを字義通りに解釈するのではなく、極めて広範に自分たちに都合の良いように拡大解釈して平気でいるところがある。

その典型的な例が、戦前ならば統帥権の問題であり、戦後ならば第9条であることはいうまでもない。

明治憲法のいう統帥権というのは、本来ならば天皇が戦争をする権利で,天皇自身の権利のはずである。

天皇が「俺はA国と戦争する、B国と戦争する、重臣どもは口出しするな」という権利なわけで、軍隊はそのための道具に過ぎなかったはずである。

天皇が立憲君主制を尊重しようとしている中ではいわば死文化していた概念であった。

ところが我々が陥った禍根というのは、本来は道具であるべき軍隊が、天皇の威を勝手に使って、自分が天皇に成り代わって戦争をしてしまったところにある。

戦後の典型的な例は、今の自衛隊はアジアで最強の軍隊であるにもかかわらず、これを軍隊と認知しないところである。

今の自衛隊は憲法を字義通りに解釈すれば完全に日本国憲法第9条に違反している。

にもかかわらず、それを拡大解釈することで、今の自衛隊が存続しているわけであるが、こんなことは完全におかしなことで、当然戦後の歴史の中で憲法を改正すべきであった。

旧大日本帝国軍隊は完全に天皇の軍隊であった。

そうであるならばこそ尚いっそう天皇の道具に徹してしかるべきであったが、この道具であるべきものが、自己増殖して勝手に天皇の名前を語って、戦争へ、戦争へという泥沼に足を踏み入れていったわけである。

この時でも文民政治家というのは懐具合が気になるものだから、常に及び腰、へっぴり腰、できれば戦争を避けたいと思っていたが、それを軍部と一緒になって糾弾したのが他ならぬ日本国民であったわけである。

あの時代に及び腰、へっぴり腰、戦争を回避したいと願っていた政治家を今の言葉で言い表せば、平和主義者であり、平和愛好家であり、鳩派ということになる。

あの戦争が軍部の独断専横で始まったという事は歴史が証明しているが、軍部が独断専横するその奥底には、あの時代の日本国民の精神的なフォロー・アップが有ったのではないかと私には思えてならない。

出征兵士を見送るときには近郷近在の親戚縁者があつまって「万歳!万歳!」と叫んで見送ったという事はそういうことではなかろうかと思う。

出征する、兵隊になる、軍隊に入るという事は、あの時代の日本の全国民にとって良き事であったと思う。

幼子に「大きくなったら何になる?」と聴けば、男の子ならば大方が「兵隊さんになる」と答える事が極普通のことであったわけで、極端な言い方をすれば、日本全国民が軍国主義に嵌まり込んでいたといわなければならない。

事実そういう状況だったことは否定のしようがないが、そういう状況下で、誰一人日本の先行きに警鐘を鳴らす人がいなかったものだろうか。

ゼロ戦を作ったような人たち、戦艦大和を建造したような人たち、商社で外国を飛び回ったような人たち、大学教授で外国の事情に詳しい人たち、軍人でも高度な教育を受けた人たち、こういう人たちの誰一人警鐘を鳴らさなかった、鳴らす事が出来なかったという事は一体どう考えたらいいのであろう。

連合艦隊長官を拝命した山本五十六がその時「1年間は暴れて見ましょう」と言った、といわれているがその時彼は「1年以上は持ちませんから、この戦は止めておきましょう」と何故言えなかったのだろう。

こういうとき必ず出てくるのが治安維持法であるが、その時代の日本人が、天皇の権威を傘にして事を進めたように、それに対抗する方策も天皇の権威を梃子に使ってでも出来なかったものだろうか。

20世紀の人類の普遍的な事柄として、現代の戦争というものは国民の全面的なフォロー・アップがないことにはあり得ないと思う。

その意味からすれば敵であるアメリカも、国民総ぐるみでよく戦ったといわなければならない。

文字通り国家総力戦であったわけである。

負けた我々の側も国家総力戦であったことはいうまでもない。

国家総力戦であるとするならば、前線の兵士だけで戦いが行なわれているのではなく、後方の国民も色々な形でそれを支援していたわけである。実際にそうだったと思う。

ところがこの戦いそのものに最初から勝ち目がないという事は判っていた人もいたのではないかと思う。

そういう人たちがどうして軍部の独断専横を阻止できなかったのか、というのが私の疑問である。

治安維持法があってものがいえなかった、というのは結果論からの言い逃れで、治安維持法の成立そのものが既に国民の総意であり、その延長線上に「日本が負けるかもしれない」という言葉そのものを封殺しようとしたのも国民の総意であり、暗黙の了解であり、潜在意識であったものと思わなければならない。

戦後は「治安維持法があって自由にものが言えなかった」ということで自分を正当化する風潮があったが、我々の身の回りの父や兄、親戚のおじさんから近所のおじさん、親戚縁者のすべてが戦争に加担していたわけである。

だからこそ日本が負けたと判ったとき、その落胆が大きかったものと思う。

 

過激な投書

 

この日の同じオピニオンのページには又別の投書が載っており、それは「犬死にだから不戦を貫こう」という題で、1月23日に掲載された「犬死にとは霊浮かばれぬ」という投書に対する反論であった。

察するところ、先の大戦でなくなった英霊が犬死に扱いされては可哀相だ、という趣旨に反論したものと考えられる。

この投書の主は73歳の女性の方である。

にもかかわらず、この投書には非常に過激な言葉が弄されている。

「戦争を仕掛ける側には必ず利権があり、兵器産業は多大な利益を手にする。だが命を捨てるのは利益とは関係ない一般庶民だ。」

「国のため」「平和のため」の美名の下国家が個人の命を奪う。それが戦争だ。」

「過去の戦死者の死を犬死にさせないためには、唯一つ敗戦で得られた平和憲法を徹底して守り生かすことしかない」と結んでいる。

まことにもって、アカイアカイ朝日新聞が手を叩いて喜びそうな論旨である。

これを書いた人が73歳の女性という点に大いに驚かざるを得ない。

人生に達観した世代にもかかわらず、このような青臭い論議を展開するということは一体どういうことなのであろう。

73歳から戦後の58年間を引くと、この方は終戦を16歳ぐらいで経験していることになる。

人間の生涯の中で一番多感なときに、終戦、敗戦、価値観の大逆転、新生民主主義の洗礼という激動の時代を潜り抜けられたものと推察する。

58年前は確かに日本中が大混乱の最中であって、食うもの、着るもの、住む所、総てが無い無いずくしであった。

しかし、58年という歳月は我々を戦争前よりも余程豊にした。

人間は「衣食足りて礼節を知る」と言われているように、豊になれば考え方もかなり保守的になるのが普通の存在だと思う。

旧ソビエット連邦、中華人民共和国の誕生というのも、これらの国々が貧乏だったからこそ、過激な共産主義革命がおきたわけで、豊かなアメリカではそういうことにならなかった。

日本の戦後というのも、共産主義革命がおきても不思議でないくらい貧乏な状況であったが、我々はそういう選択をしなかった。

しかし、戦後アメリカの統治テクニックの一環として、日本でも共産主義者が大手を振ってのさばる事がゆるされた時期があった。

彼らはその当時あまりにも良い気になりすぎたものだから、再度弾圧の憂き身にあったが、主義主張というものは、その後も許されて日本共産党というのは政権政党として認められてはいる。

ところが共産主義というものが革命を究極の目的としている限り、現行秩序の破壊ということが前提条件となるわけで、そのためには保守的な思考というものを徹底的に攻撃しなければならないわけである。

別の言い方をすれば、価値観の転覆から始まるわけである。

この73歳の女性の投書の論旨が見事にその線に沿っているではないか。

100%完全なる教条主義ということが見て取れる。

この女性が73年間どういう人生を歩まれたか知る由もないが、この投書から察するに我々とは価値観を根底から異にしていることだけは明瞭である。

中でも「国家が個人の命を奪う、それが戦争である」というくだりは特に強烈な印象をうけるが、「個人の命が国家よりも大事だ」という概念は一見整合性があるように見えるけれども、これも左翼的思考の思い上がりの典型的な例だと思う。

人が複数集まって集団を作り、その集団がより組織化され、それが国家となったとき、その代表として誰かを指名乃至は任命しなければならない。

その時、その集団を形成する個個の人々は、自分の属する集団又国家に対しては同胞愛、愛国心、祖国愛、忠誠心とともに何らかの奉仕をする義務を負っていると思う。

集団を形成している個個の人間は、祖国からの庇護のものとで権利を行使でき、生活が保護され、身分が保障されるわけで、その見返りに何らかの義務を果たさなければならない。国家が国益の維持のために他国と戦わなければならなくなったとき、それに応えるのはやはり国民としての義務だと思う。

国家の国益という場合、それは民主的な国家ならば国民のための総合的な利益だと思う。昔の悪代官や強欲殿様ならばいざ知らず、現代の民主的な国家ならば、私利私欲で私服を肥やすためにする戦争するなどという事は時代錯誤だと思う。

人の命を秤に掛けて、その軽重を問うなどという事は感情論の最たるもので、こういう論議をすること自体秩序破壊そのものだ。

そして極めつけは「敗戦で得られた平和憲法」ときている。

終戦のとき16歳の夢多き乙女が、あの憲法を「敗戦で得られた」と言い表すとは、どういう気持ちでこういう言い方になるのであろう。

日本の主要都市が焼け野原になっている中で、日本に進駐してきたアメリカ占領軍が有無を言わせず押し付けたという事実を理解していないのであろうか。

問題は、この人の投書を糾弾することではなくて、戦後の日本の知識人、進歩的知識人、文化人と称せられる人たちは、おおむねこの人の意見と同じ事を言ったり書いたりしているということである。

日本のオピニオン・リーダーたるべき人々が、おおむねこの人の言っていることと同じことを言い、書き、そして若者を教育してきたという事である。

そのことを別の言い方で表すとすれば、人間としての既存の倫理観、普遍的な価値観を全否定するように仕向けている、ということである。

新生日本の民主制度の元で、主権在民ということは、国家が個人に上から利便を授けるのではなく、個人は国家にたいしてボトム・アップでより良き社会を作り上げる、という概念でなければならない。

だから我々は選挙で代理人を仕立て、その代理人に国家の運営を付託しているわけで、それはあの戦前においても建前は変わっていなかったが、その民主的議会制度が未熟であったことは否めない。

戦前の民主的議会制度、又天皇の立憲君主制というものが未熟、未消化であったことは、我々同胞の歴史としての通過地点であったわけで、我々は歴史の教訓としてその未熟さ、未消化の部分を是正しなければならないことはいうまでもない。

戦前も戦後も人であるべき倫理観、普遍的な価値観というのはそう大きく変わるものではないはずで、そういう人間としての根幹をなす倫理観、価値観というものを全否定しようという事は、我々の民族を滅亡の淵に立たせようとするに等しい行為だと思う。

我々は祖国あっての国民であり、日本の地でオギャアと生まれた赤ん坊は、祖国の地縁、血縁、地域の行政、近隣の人々にはぐくまれて成長するのであって、祖国というのは国民を搾取するために有るのではない。

祖国が国難に直面していれば、内側からその国難の打開に協力するのは当然のことである。戦前の我々の祖国は、国民と国家の間に軍隊という組織が介在していたので、ややもすると我々は軍隊によって大いなる犠牲を強いられた、という印象が拭い去れないが、基本的にはその軍隊を下支えしていたのは他ならぬ国民の側であった。

だからこそ出征兵士を見送るときに「万歳!」であったわけで、戦争をするということ、特に20世紀のような国家総力戦というのは国民の支持、フォロー・アップ、協力なしではありえないわけで、あの戦争の責任を追い求めれば、国民の側に跳ね返ってくることも考えられる。

戦争というのは政治の特殊な形態なわけで、冷静に分析すれば、勝ち目がないというのに、その方向に導いていった責任は政治と軍部が負わなければならない。

だからと言って、あの戦争で生き残った同胞が、その後の日本、新生日本を壊滅させるような自己崩壊の道を選択していい、ということには決してならない。

戦後の、新生日本の知識人、進歩的文化人と称せられる人々は、先の戦争で祖国を敗北に導いた政府首脳及び旧軍人を怨むあまり、「熱さに懲りて膾を吹く」という状況に陥っていると思う。

又「PTSD」(外因性ショック症候群)に陥って、そのショックから何時までたっても立ち直れない精神病に陥っているようにも見える。

我々、日本民族というのは四周を海に囲まれるという地勢的な条件で、外敵に支配されたという経験がない。

だから、一度そういう憂き目にあうと、身も心も相手に帰依してしまっているようだが、民族の存続というのはそれでは成り立たないと思う。

「敗戦で得られた平和憲法」などという倒錯した認識では、我々の民族の行く末が思いやられるので、一日も早くこういう自虐的なものの考え方から脱却しなければならない。

最近、民主党が「創憲」などという言葉で例の押し付け憲法を見直す風潮が出てきたが、これは非常に歓迎すべきことである。

出来うれば、もっと早い時期にこういう考えになるべきであったが、遅ればせながらも、そういう考えに至ったという事は歓迎すべきことだと思う。

占領軍が押し付けた憲法を見直すという事は、取りもなおさず、民族の中から時代にあった、我々のためにも、国際環境にもマッチしたものを考えようというわけで、その事がそのまま戦争に繋がるわけでもないはずである。

ところが今までの進歩的と称する人々は、今の憲法に少しでも触れば、それがそのまま戦争に繋がるという論理で反対し続けてきたわけで、理性と知性で自分の周囲を見渡さない限り、またまた狭量な自己判断で奈落の底に突き進むという結果を招きかねない。

感情でものごとを判断するのではなく、冷徹な理性と研ぎ澄まされた知性で自分の身の回りのことを観察し、将来の展望を踏まえたうえで判断を下さねばならないのである。

先の戦争では我々はそういう冷静さを失ってしまって、ただただ感情論で自分の能力を過信した結果が奈落の底の転がり落ちたということであるからして、我々は歴史から学ぶとすれば、自分たちの憲法が同胞にも禍根を残さないように、又国際社会的にも貢献できるようなものにしなければならない。

戦争回避、武力行使をしないということを含めて、民族の尊厳と誇りを失わないような、規範というものを考えなければならないと思う。

それを指一本触ってはならないでは物事は先に進まない。

 

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