キャンパス・ボード パワー・トレーニングにおける革新

歴史

 1988年、ニュルンベルグのキャンパス・センター(キャンパス・ボードという名前はここに由来する) というジムに、故ヴォルフガング・ギュリッヒは最初の「キャンパス」ボードを設置した。 彼のプロジェクトだったアクシオン・ディレクトという極限の指の力を必要とするルート専用のトレーニングをするためだった。

 このボードを使うことで、彼の一本指の力はそれまで知られていなかったレベルにまで増大し、1991年、ついに彼はアクシオン・ディレクトに成功した。 このルートは一般的に 5.14d とみなされ、以来、まだたった一回しか再登されていない。

 ギュリッヒのルートがいまだに世界最難かもしれないということを言いたいのではない。 このルートは彼がおこなった他のどれよりも群を抜いて困難であり、それをなしとげるために彼は熱狂的にトレーニングしなければならなかったということを言いたいのだ。 クライミングにのめり込んではいるが天賦の才能に恵まれていない多くのクライマーにとって、これは重要な事実である。 我々は彼の経験から学ぶことができる。

 ギュリッヒは人生の大部分をレッドポイントにささげた。 特にパワー・エンデュランスを専門としていた。 どんなにスタミナが十分でも、ハードになってくると個々の一番厳しいムーブで常にスタミナ不足におちいってしまうということを最終的に彼は認識した。

 弱点から絶縁しレッドポイントの停滞状態を打破するために、ギュリッヒは「キャンパス」ボードを設計した。 たぶん、当時、世界でもっとも成功していたクライマーのジェリー・モファットは彼と一緒にトレーニングして次のように語った。

 「冬の間キャンパス・ボードでトレーニングしてメチャクチャ強くなったんだ。
 外に出て、すぐに、8b+(5.14a)を登った。
 たった二三回のトライで登れた。」

 モファットは筋力とパワーをトレーニングすることの重要性を強調した。 ルート上部での墜落がスタミナ不足を示しているかもしれない場合においてさえもだ。 生理学者はこのことを筋収縮と血液供給の専門家的詳細さで説明できる。 しかしモファットの次の言葉が一番よくいい表している。

 「ルートの最初のハード・ムーブが簡単に感じられるようになれば、一番上に到達するまでにパンプする割合はより少なくなるよ。」

トレーニング

原則

 「キャンパシング」(キャンパス・ボードでトレーニングすること)の主な理由は、上体のパワーと筋繊維の動員を訓練するためだ。

 我々が語っていることを理解してもらうために二三の区別をしよう。 筋力とは最大負荷に対して筋収縮を維持する能力である。 一方、パワーとは最大限の収縮を迅速に生み出す能力である。 したがって、筋力はより静的な力であり、一方パワーは動的なものである。

 キャンパス・ボードは筋力をトレーニングするすぐれた道具である。 しかし何よりもすばらしいのはパワーをトレーニングする能力である。 クライミング中に静的な筋力ではホールドに届かないのなら、ホールドに向かって爆発的に動く必要がある。 そのときパワーが必要なのだ。

 我々は筋動員を次のように定義する。 与えられた筋肉繊維をできるだけ一度に、できるだけ多く働かせる能力。 動的なムーブを開始するためだけではなく、目標のホールドに「しがみつく」ためにも筋動員を強化する必要がある。 目標ホールドをつかまえることはタイミングと協調作用に左右される。 しかし、もし十分な量の筋繊維を十分早く収縮させることができないなら、ホールドにぶらさがることはできないだろう。 筋動員、特に前腕の筋動員こそが厳しいデッドポイントでホールドにぶらさがるための鍵である。 そして「キャンパシング」は、我々が知っている限り、それを向上させるもっともすぐれた方法なのだ。

 キャンパス・ボードを使った通常コースのトレーニングをすると、 静的な筋力と同様、動的な技術(タイミング、協調作用、確信など)における大きな進歩に気づくだろう。 「キャンパシング」はクライミングにおけるすべての面を進歩させるだろう。

 キャンパス・ボードでのトレーニングをどの程度強調すべきなのかは目標によってちがってくる。 オンサイトのクライミングを向上させたいのなら、キャンパス・ボードは少しだけ使い、クライミングの距離をより多くかせぐことに集中すべきだ。 一方、困難なレッドポイントやボルダー課題に成功することに興味があるなら、キャンパス・ボードを主要なトレーニング方法として使うべきだ。

 一年を通して継続的にではなく、4〜8週間の間、他の形態のトレーニングと共同してキャンパス・ボードを使うべきだ。 週一回から週二三回までだんだんと使用頻度を上げていき、他の形態のトレーニングを強調するにしたがってだんだんと頻度を下げていく。 トップ・クライマーが知っているように、パワーは獲得するには長い時間がかかるけれど、一度獲得してしまえば持久力よりもずっと長く維持することができる。

基本

元気なほど良い

 一般的にいって、キャンパシングは持久力トレーニングとは方法が異なる。 完全なスタイルで、できるかぎり困難なエクササイズをおこなうというのがキャンパス・ボードの考え方だ。 休息日の後、または前回のクライミングやトレーニングから完全に回復したときにだけキャンパス・ボードでトレーニングすべきだ。 くわえて、キャンパス・ボードでのトレーニング中の個々のエクササイズの後でも、完全に回復するまで十分長い時間、休憩しなければならない。 3〜5分の休憩が一般的だが、必要ならば10分間の休憩を取ってよい。 完全に疲労がない筋肉でしかパワーはトレーニングできない。

どれくらいでやりすぎなのか?

 進歩したいと強く願っていると何時間もやりつづけたくなるだろう。 しかしそれは危険をおかしているだけだ。 キャンパス・ボードでは、より多くのトレーニングはより多くの成果を意味しない。 それは怪我につながる。 キャンパス・ボードでくたくたになるまでトレーニングしてはいけない。 よいスタイルでできる限り困難なムーブをおこない、二三日後にまたもどってこよう。 辛抱強さが必要だ。 怪我をしない限り、強くなっていくということを忘れないようにしよう。

 一般的な原則として、どのエクササイズも1〜4セットおこなうことができる。 一つのセットから次のセットに移るさい、進歩するか現状維持できているなら、そのエクササイズを続けてかまわない。 もし以前のセットよりも弱くなったら、別のエクササイズに移るか、または、終わりにする時だ。

 何種類かのエクササイズを以下に紹介する。 同じ一つのセッション中にすべてのエクササイズをおこなうことはできない。 二三のエクササイズを選んでそれに集中しよう。 筋肉が「活発さ」を失ったら、トレーニングをやめてウォーム・ダウンを始めよう。

休憩

 ほかの種類のトレーニング以上に休み時間が必要なので、休憩はキャンパシングにとってたぶん最も大切なことだ。 休んで、休んで、もっと休もう。 よく訓練されたキャンパス・ボードの習熟者は各セッションの後で丸々二日休めばよいかもしれない。 しかしハードにやりたいなら三日か四日の休憩をとろう。 早急な結果を期待してはいけない。 十分休んでいるではなく、長すぎるくらい休んでいると感じるくらいでちょうどいい。 そのように感じられるべきだ。

ウォーム・アップ、ウォーム・ダウン

 ほかの種類のトレーニング以上に完全にウォーム・アップすることが非常に大切だ。 おだやかなストレッチングをしながら、クライミング、ボルダリング、または簡単な懸垂とぶら下がりからはじめよう。 最初の15分間はとても簡単にし、そのあとフル・パワーにまでだんだんと強度を高めていこう。 怪我の予防と回復促進のため、トレーニングの終わりには反対の過程をたどろう。 ウォーム・ダウンはウォーム・アップよりも簡単にしよう。 ほとんど何もしていないかのように感じられるくらいでちょうどよい。 高い強度の練習の後で、15分か20分の間、血液循環を維持するだけというように考えよう。

 典型的なセッションは次のようになるだろう。 懸垂、ストレッチ、大きなホールドでのボードの登り降りに一時間、 その後で20〜30分の高い強度のエクササイズ、そして15〜20分のウォーム・ダウン。

ストレッチング

 ストレッチングは怪我にたいする簡単な保険である。 定期的にストレッチしよう。 なんでこんなことにわずらわされる必要があるのかと思うだろう。 しかしストレッチしないと、ある日、損傷を受けることになる。 それぞれのセットの間にストレッチするのはよい考えである。 そしてセッションの後でストレッチするのは非常に大切である。 しかし練習前のストレッチングには気をつけよう。 冷たい筋肉をストレッチするのは厳禁だ。

にぎりかた

 できるだけオープン・ハンドの持ち方を使おう。 たいていのクライマーはクリンプよりオープン・ハンドのほうが弱い。 だから最初は難しく感じるかもしれないけれど、すぐに慣れるだろう。 オープン・ハンドをトレーニングすることはクリンプの筋力をも増大させるだろう(しかし逆は違う)。 最大に伸びた状態でムーブをしたり、ダイノ(飛びつき)でホールドをとらえるのと同様、ポケット、スローパー、そしてある種のエッジを持つのにオープン・ハンドは不可欠だ。 しかしながらもっと重要なことに、オープン・ハンドを使うことで怪我の潜在的危険性を減らすことができる。 キャンパス・ボードでのトレーニングに習熟してくると、エッジをつかむ最大パワーを増大させるためのクリンプのトレーニングを少しだけ取り入れることができるようになる。 しかしそれは最小限にとどめよう。

要点は何か?

 デッドポイントとは、上昇も下降もしていない、動的なムーブでの頂点の瞬間である。 長い飛びつきや少しだけの手の移動など、すべての動的ムーブでは、デッドポイントの瞬間に目的のホールドをつかむため完全なポジションにいることが大切である。 この技術が完璧になるとデッドポイントは無重力の瞬間として感じられるようになるだろう。 タイミングと協調作用が向上すればデッドポイントの瞬間はますます長く感じられるだろう。

 「キャンパシング」は「デッドポイントする」技術のすべての面を向上させる一番良い方法の一つである。 さまざまな距離のホールド間の動きをトレーニングすることで、正確かつ首尾一貫してホールドを捕らえるために必要とされる適切な力とタイミングをどのように作り出せばよいかが分かるようになる。 基本的な動的ムーブがクライミングの技術にいかに重要であるかは強調されすぎることはない。 たとえ厳密には必要でない場合でも、うまくおこなわれる飛びつきは静的な動きよりもしばしば有効なのだ。

最初に出す手を交互に

 最初は一方の手から始め、次にはもう片方の手から始めるというように、ほとんどの手順を一組のものとしておこなうべきだ。 これで強い側のオーバー・トレーニングを防ぎ、バランスが保たれた状態にできる。

簡単にしよう

 ここで紹介するムーブやエクササイズのいくつかが始めるのに難しすぎるなら、椅子やボードの裏に足をのせて必要なだけ負荷を少なくしよう。 背中から落ちることは十分ありうるので、ボードの下に大きなマットを必ずひいておこう。

エクササイズ

パワー・スロー

 この基本的なエクササイズは、いろいろな高さの梁(キャンパス・ボードに取り付けられている横木)の間での爆発的な上方向へのムーブを通じて、前腕の筋動員、上体のパワー、そしてデッドポイントの正確性をトレーニングする。 それぞれの手順は二つのムーブとホールドに両手をそえることから成り立っている。

 一番下の梁から上に向かって1、2、3...、と番号をつけよう。 一番下の都合の良い梁に、足は使わないで両手でぶら下がる(足ブラ状態)。 そして片方の手を上の梁に飛ばす。 もう片方の手をさらに上の梁に飛ばし、そこに両手をそえて終わりにする。 例えば、1の梁に両手をそえてぶら下がる。 右手を4の梁に飛ばし、引きつけて左手で6の梁をとらえる。 6の梁に両手をそえて、降りる。

 上と下の選んだ梁の間のすべての可能な手順を使って全く同じエクササイズをしよう。 例えば、1-2-6、1-3-6、1-4-6、1-5-6、というように。 違った高さに手をおくことで異なったタイミングと同様に、異なった押し付け・引き付けの力が要求される。 中間的な距離でのムーブは簡単に感じられるだろうが、離れてくると難しくなるだろう。 くわえて 1-4-8 や 1-5-9 のような最大距離に全力で挑戦しよう。

ダブル・ダイノとプライメトリック

 両手を同時に動かすことは全体的な協調作用を向上させるすばらしい方法である。 それは同時に筋動員と確信も作り上げる。 この方法が可能な一番簡単なムーブから始めよう。 ある梁から次の梁へジャンプするだけというように。

 距離をだんだん遠くして、一連のダブル・ダイノを積み重ね、最終的にはボードを登って再び降りてくる。 これの進んだ形態が「二段上り一段下りる」方法だ。 1-3-2-4-3-5-4-6 というふうに。

 これと関連したエクササイズにプライメトリック・キャンパシングがある。 上の梁から下の梁へ両手で下り(ダブル・ダイノの逆)、そして、できるだけ早く再び上に向かってジャンプする。 てきるだけ素早くかつスムーズに、下方向の力を吸収してそれを上方向の力に変換するのが鍵だ。

 やりすぎに注意しよう。 これは非常に上級者向きのエクササイズであり、故障の危険性もたいへん高い。 肘を固定した状態で梁をつかんではならない。 また、負の収縮時に、固定した肘を稼動範囲いっぱいまで伸ばしてはならない。 最初の二三回は大きなホールドを使ったやさしいムーブでどれくらい耐えられるのか探ってみよう。 二三ヶ月にわたり、それぞれの週に少しずつ、だんだんとこのエクササイズを組み込んでいこう。 キャンパス・ボードでの強度の高いトレーニングに習熟したとしても、 週に一度以上は激しいプライメトリックのセッションをおこなってはならない。

スタティック・ムーブとロック・オフ

 どんな種類のキャンパシングでも波及効果として静的な筋力を増大させる。 しかし、ゆっくりとできるだけスタティックに小さな「パワー・スロー」をおこなうことで静的な筋力を専門にトレーニングできる。 また、飛びつかないで、一度に一段か二段の梁を上り下りしてみよう。 必要なだけ負荷を軽減するためにボード裏の壁や椅子に足をおくことで、 静的なロック・オフの力(引き付けて、それを保持する力)をトレーニングできる。

 キャンパス・ボードでのすべてのトレーニング同様、全体の反復回数が少なくなるよう(それぞれの腕で3-5回)十分にムーブを厳しくしよう。 持久力ではなく最大筋力をトレーニングするというのが基本的な考えだ。

バリエーション

 すべての指を使ったトレーニングに十分習熟したと感じたら、個々の指を鍛えたいと思うかもしれない。 二本指というのが一般的だが、組み合わせを変えることを恐れてはならない。 すべての事と同じで、ゆっくりと鍛えていくように。 三本指、二本指、一本指のさまざまな組み合わせでぶら下がりと懸垂から始めた方がよいだろう。 繰り返すが、必要なだけ負荷を減らすために壁や椅子を使おう。

 また、違った大きさのホールドは違った筋肉をトレーニングするということを認識するのは重要である。 小さなホールドでのトレーニングに焦点をあててきたのなら、前腕の筋力はもはやあなたの限界要因ではないかもしれない。 上腕や胴体の筋動員を高めるため、しばらくの間はより大きなホールドでの遠いムーブもトレーニングすべきだ。

 内傾や水平のホールドは使われる筋肉を少しばかり変えるだろう。 できるだけ多くの種類のホールドを経験するのは価値あることだ。 トレーニングを変化に富んだものにすればするほどますます効果が上がるだろう。

あなたには何が有効か?

 我々はスポーツ生理学者ではないけれど、実際の経験をたくさん持っているし、世界でもっともすぐれたクライマーの何人かから学んできた。 しかしながら、我々に有効なエクササイズはあなたには有効でないかもしれないし、その逆もいえる。 あなた自身のプログラムを試し、あなたにとって何が一番効果的なのか見つけ出そう。 完全にウォーム・アップし、簡単なことから始め、休憩日をたくさん取ることを常に忘れないようにしよう。

忘れずクライミングに行こう

 もちろん、最終的に一番大切なことはクライミングに上達することだ。 「キャンパシング」は上達のための強力な道具である。 しかし、キャンパス・ボードでの向上を実際の岩の上に適応し、そのすべての価値を確認するにはある程度の時間がかかる。 だからクライミングにでかけ、そして楽しもう。 成功へと導くのは、少しばかりの才能と、たくさんの献身的努力だということを覚えておこう。 シェフィールドのボルダーの達人リッチー・パターソンは言っている。

 「うまくあれ、もしうまくできないなら、強くあれ。」

A Breakthrough In Power Training.
The Campus Board
Text by Wills Young with Brooke Sandahl and Jim Karn
1997 Metolius Mountain Products

Copyright 1997-2014 Hirosawa Makoto