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よしえ たくじ

吉江琢兒

よしえ たくじ

1874(明治7)〜 1947(昭和22)

明治・大正・昭和期の数学者

埋葬場所: 13区 2種 27側 1番

 山形県出身。東大数学科卒業。1909(M42)東大教授。理学博士。35(S10)退職、名誉教授の称号を受ける。また15(T4)以来、東宮御学問所御用掛であった。 のち学士院会員に推された。温厚篤実な人で藤沢利喜太郎なきあとのわが数学界の第一人者であった。著書は「数学について」、「微分方程式論」等ある。

<世界人名辞典(東洋篇)東京堂出版>


*同墓には、戦時中に陸軍会計監督で活躍した吉江磨瑳記なども眠る。

*吉江琢兒を吉江琢次と書く文献書物もある。

墓石

墓石には埋葬者の名前がギッシリと刻まれている。


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