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やました ともよし

山下奉表

やました ともよし

1882.4.1(明治15)〜 1932.4.8(昭和7)

明治・大正期の海軍軍医(少将)

埋葬場所: 7区 1種 15側 29番

 陸軍大将山下奉文(16-1-8-6)の兄。 山下家は高知県香美郡大楠植村(土佐山田町)で家業として紺屋業であったが、父の佐吉は高知県師範学校(1期生)を卒業し小学校教員となり、更に志を立て医者に転じた。 奉表が6歳の時に父が開業医となった。奉表はその父親を見、また頭脳明晰でありほとんど独学で軍医となった。
 気骨ある性格で、縁談が上司の娘との間に起ったとき、山下家の財産を問われると「寸土もなし。墓のみ」と率直に言ったことに上司が感心して縁談がすぐに成立したと言われる。 呉海軍病院第二部長、舞鶴要港病院長などを歴任して退官後、呉市で医院を開業した。

<高知県人名事典>


墓所

*墓石は三基並び、右が奉表の墓、真ん中が山下家之墓、左が奉表の長男で陸軍軍医大尉で戦死した山下真一の墓。

*奉表の子の山下九三夫(16-1-8-6)は子供がいなかった山下奉文・ヒサ夫妻の養子となった。 九三夫は東洋医学家であり、東海大学医学部麻酔学科教授、国立病院医療センター麻酔科などで、針灸の効果機序ならびに治療に関する研究などを行い、臨床体温研究会設立など、鍼灸とハリ麻酔の権威として活躍した。


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