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やまのうち やすし

山之内 靖

やまのうち やすし

1933.4.22(昭和8)〜 2014.2.2(平成26)

昭和・平成期の現代社会学者、歴史社会学者

埋葬場所: 12区 1種 2側

 東京出身。東京大学経済学部卒業。1963(S38)東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。'68東京大学から経済学博士。東京外国語大学外国語学部教授。附属図書館長を務める。停年退官し名誉教授。1996(H8)フェリス女学院大学文学部、国際交流学部にて教鞭を執り、退官し名誉教授。
 マックス・ウェーバー研究者として著名である。ヴェーバーはどう読まれるべきなのか、従来無視されてきたニーチェとの親縁性を明らかにし、ヴェーバー社会学の方法を解きほぐしながら、近代社会に根源的批判の目をむけ知の不確実性を見すえたヴェーバーの姿を浮き彫りにしていった。
 1989(H1)前後より「総力戦テーゼ」と呼ばれる論争的な歴史像を論文の形で発表。「山之内テーゼ」と称された二点に、第一に戦後という社会空間はその支配的な自己理解とは違って、戦時の動員体制から連続したものとして形成された。しかも第二に、このことを留保なく問題にする先には、近代的な知のあり方そのものまでも根底から問うという課題が浮かび上がるはずだと主張している。享年80歳。

<著者略歴や、山之内靖を論じた文章を参考>


看板

*墓石は和型「山之内家墓」。裏面「昭和十八年十月 山之内二郎 建之」。左面が墓誌となっており、俗名、没年月日、行年が刻む。

*墓所内に「山之内靖 主要著作譜」の看板が立ち、そこに書かれているのは下記である。
『イギリス産業革命の史的分析』(1966年、青木書店)
『マルクス・エンゲルスの世界史像』(1969年、未来社)
『社会科学の方法と人間学』(1973年、岩波書店)
『現代社会の歴史的位相』(1982年、日本評論社)
『社会科学の現在』(1986年、未来社)
『ニーチェとヴェーバー』(1993年、未来社)
『総力戦と現代化』(1995年、柏書房 編者)
『システム社会の現代的位相』(1996年、岩波書店)
『マックス・ヴェーバー入門』(1997年、岩波書店)
『Yasushi Yamanouchi,et.al.eds.,Total war and 'modernization'(1998、Comell University)
『日本の社会科学とヴェーバー体験』(1999年、筑摩書房)
『総力戦体制からグローバリゼーションへ』(2003年、筑摩書房)
『再魔術化する世界』(2004年、お茶の水書房)
『受苦者のまなざしー初期マルクス再興』(2004年、青土社)
『哲学・社会・環境』(2010年、日本経済評論社 編著)
『受苦者的自光』(2011年、北京師範大学出版社)
『システム社会の現代的位相』(2011年、岩波書店 岩波人文書セレクション版)
看板の隣に『総力戦体制』(2015年、筑摩書房)と書かれた立札も経つ。

※墓石の刻みや様々な文献より、山之内二郎は最初に文子と結婚したが、'42(S17)34歳にて文子が早逝したため、下総小見川藩藩主の家系・子爵の内田正吉の二女の盛子と再婚。盛子も夫であった杉村弘道を亡くしていたので再婚同士であった。しかし、'48(S23)盛子も37歳の若さで亡くなる。そこで、政治家・子爵の井上匡四郎の長女、政治家の井上毅の孫にあたる匡子(きょうこ:1927-1971)を後妻として迎えたと思われる(墓石に匡子のみの刻みがない)。なお、文子との間に二男あり、長男の宏(1929-1950)は21歳で早逝。二男が山之内靖であると思われる。断定的な言い方ができない理由は、どの人名事典や文献においても、山之内二郎の息子のこと、山之内靖の父親のことが明記されているものに触れていないためである。誤りがあればご一報ください。


*祖父の山之内一次(かずじ:1866-1932.12.21)は鹿児島藩士の山之内時習の長男。青森県知事、北海道長官、山本内閣で内閣書記官房、鉄道大臣では関東大震災後の帝都復興に尽力した。墓所は青山霊園1種イ23区5側17番。山之内二郎は一次の次男である。


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