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やまむら ひさし

山村 久

やまむら ひさし

1899(明治32)〜 1988.12.28(昭和63)

昭和期の医者、政治家

埋葬場所: 15区 1種 2側

 福井市出身。祖父は福井松平藩士の山村太郎平。父は太郎平の3男の山村平次郎(1871-1938.10.4)、ゆう(共に同墓)の長男として生まれる。  金沢医科大学卒業後、東京帝国大学医学部に学び、1927(S2)医学博士。'32 山村外科病院を開業。'33 電鐵康濟病院(医療法人財団 康済会病院)を創設し病院長に就任。戦後、'49 荏原医師会会長、'55 日本医師会常任理事、'59 東京都医師会副会長等を歴任した。  また、'51(S26)品川区議会議員に立候補し当選、議長となる。'55 東京都議会議員に出馬し当選、以来連続5期当選した。'68 藍綬褒章受章。'71 都議会自由民主党幹事長を務める。'74 勲3等瑞宝章受章。'75 第25代東京都議会議長に就任した。享年89歳。

<墓誌より>


碑

*墓石は和型「山村家之墓」、裏面「昭和十七年七月 電鐵康濟病院長 醫學博士 山村久 建之」。左側に墓誌があり、山村平次郎から刻みが始まる。山村久の戒名は廣濟院釋政道恒久居士。「従四位勲二等瑞寶章」とあり、行年90才と刻む。妻は喜美子(1988.9.25歿)。久の養子となった麻酔学者の山村秀夫(H29.11.25歿)も同墓に眠り、戒名は仁壽院釋安祥秀達居士。「正四位勲二等紫綬褒章」と刻む。秀夫の妻は美代子(H24.8.16歿)。

*墓所内には「山村久先生 彰公碑」が建ち、山村久の簡略暦が刻む。「昭和五十一年五月吉日 山村久先生後援会一同」の刻みがある。


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