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たざき けんさく

田崎健作

たざき けんさく

1885.9.21(明治18)〜 1975.3.22(昭和50)

大正・昭和期の牧師

埋葬場所: 12区 1種 26側
〔弓町教会会員墓地内〕

 新潟県北蒲原郡笹神村に健次郎・キクの三男として生れる。父は村長をも務めた有力者であったが、自由民権運動に私財を投じ、加えて事業に失敗、また日露戦争により長兄が戦死、更に、次兄、父、姉を相次いで失い、家族は母と妹のみとなった。 このような逆境の中、鈴木浩二をはじめ新潟教会員の熱心な導きにより入信、1904(M37)9月4日、同教会でH.B.ニューエルから受洗。'09同志社神学校に入学、'14(T3)卒業後、西陣講義所伝道師となり、'18新会堂を建設。'18〜'23まで米国に留学。 帰国後は倉敷('23〜'37)、京都('37〜'41)、弓町本郷('41〜'58)、各教会の牧会に精力的に当った。そのユニークな牧会体験は『捨身で生きる』('64)に収められている。
 戦後は、日本基督教団社会部長として戦災復興や社会事業の推進に当り、引退教師の老人ホーム信愛荘の建設('59)のために尽力。引退後も'65武蔵野扶桑伝道所を建設。

<日本キリスト教歴史大事典>
<MATHU様より情報提供>


墓所

*墓所内には海老名弾正彰徳碑が建つ。


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