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たやま かたい

田山花袋

たやま かたい

1871(明治4)〜 1930(昭和5)

明治・大正期の小説家

埋葬場所: 12区 2種 31側 24番

 本名録弥。1886(M19)上京後、尾崎紅葉・江見水蔭を訪ねる。新体詩も作り、97宮崎湖処子編「抒情詩」に詩集「わが影」を発表。1902「重右衛門の最後」は文壇で注目され、日露戦争従軍後、06「文章世界」主筆となった。 07短篇小説「蒲団(ふとん)」は自己を赤裸々に告白した作品として好評を博し、自然主義文学の先駆・私小説のさきがけの作品となった。他に「生」「妻」08、「田舎教師」09、「縁」10、「髪」11など。

<コンサイス日本人名事典>


 30(S5)憔悴した花袋の所に、島崎藤村が見舞いに訪れ、「この世を辞してゆくとなると、どんな気持ちがするものかね」とまじめに死ぬ気分を質問され、「なにしろ、誰も知らない暗いところへ行くのだから、なかなか単純な気持ちではない」「苦しいかね」「苦しい」という会話がなされた二日後に亡くなった。

<「葬送のセレモニー」(青春出版社)>
<「文学散歩 作家の墓」中川八郎>


*お墓の刻は島崎藤村筆

*遺体は生前の遺志により土葬


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