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たさか けん

田坂 乾

たさか けん

1905.11.7(明治38)〜 1997.9.5(平成9)

昭和・平成期の洋画家、
版画家、油彩水彩画家

埋葬場所: 26区 1種 16側

 東京麹町出身。弁護士の田坂貞雄・梅尾(共に同墓)の次男として生まれる。長男が早死したため嫡男。本名は乾吉郎(墓誌には乾のみ)。
 1928(S3)文化学院美術科卒業。石井柏亭、有島生馬、山下新太郎に師事した。在学中の'25、同期の村井正誠が中心となった同人誌「シェル・パントル」に参加し、第3号の『扉』、第4号の『木版』、第6号の『表紙』、『仲通りの景』、『裏街』、『窓』をいずれも木版で手掛けた。卒業制作は『M・M像』で第15回二科展に初入選。
 '29頃、西田武雄にエッチングを学ぶ。'31上海、杭州に滞在。同.6 上海で内山完造を発起人に、太田貢との二人展を開催し、油絵の他に日本で制作した銅版画12点を出品。初日に来場した魯迅が銅版画1点を購入したという。
 '35第4回日本版画協会展に石版画『庭』『婦人像』が初入選。以後、第12回展(1943)まで石版画を出品。この間、第5回展で会員に推挙され、第8回展には木版画も出品。'43青樹社で初個展を開いた。日本版画協会には数少ない石版画家として活動したが、'46日本版画協会を退会し、以後油絵に専念する。
 '38より出品・入選していた一水会に拠点を絞り、戦後は一水会会員として、風景をモチーフに油彩・水彩画家として写実的な作風を発表した。'55一水会優賞を受賞。個展も多く開く。著書に『父の像」『実地指導油絵の描き方」などがある。一水会常任委員。享年91歳。

<美術人名辞典>
<近代日本版画家名覧>


*墓石前面は「田坂家」。裏面が墓誌となっており、俗名と生没年月日が刻む。妻の田坂ゆたか(同墓 1920.12.24-2018.10.5)は洋画家の石井柏亭の4女で水彩画家。一水会のメンバー、日本水彩画会名誉会員。『水彩画を楽しむ』(1986)を刊行している。弟で弁護士として活動した田坂駿(同墓 1908.9.28-1972.11.8)も眠る。

*田坂ゆたか の父の石井柏亭の墓所は文京区の護国寺共同墓地九通。


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