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たんば けいぞう

丹波敬三

たんば けいぞう

1854(嘉永7.1.28)〜 1927.10.19(昭和2)

明治・大正期の薬学者

埋葬場所: 2区 1種 6側 15番

 摂津走井村(大阪府豊中市)出身。先祖は平安時代に医学書『医心方』を著した丹波康頼。蘭方医の丹波元礼の三男。 孫に俳優の丹波哲郎(9-1-13)、音楽学者・作曲家の丹波明(1932-)。曾孫に俳優の丹波義隆。
 東京大学製薬学科の第一期生として卒業。同大の助教授となる。ドイツのエルランゲン大学に自費留学、ヒルゲンについて衛生学・裁判化学を学ぶ。 1887(M20)帰国し、東京帝国大学医科大学薬学科教授となる。梅毒治療薬であるサルバルサンを研究し、タンバルサンと命名して国内で販売した。また、薬事法の概要の制定に携わる。
 1912〜14(M45-T3)日本薬剤師会会長、後任は丹羽藤吉郎(6-1-9-3)。'17(T6)東京薬学専門学校(東京薬科大学)校長に就任。 同年、勲1等瑞宝章。日本薬局方調査委員、薬剤師試験委員なども歴任し、近代薬学の基礎を築いた。享年73歳。

<新潮日本人名事典>
<講談社日本人名大辞典>


墓所

*墓石は和型「丹波家之墓」。左面に俗名、没年月日、享年、「正三位 勲一等 工学博士」と刻む。妻の貞の名も連名で刻む。墓所内には南百人町会や五日会などと刻む燈籠が計5基建つ。墓誌はない。

*子の丹波二郎・別名は丹波緑川(同墓)は陸軍薬務官から日本画家となった人物。その子供、孫に俳優の丹波哲郎や音楽者の丹波明がいる。


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