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たいなか くすうえもん

胎中楠右衛門

たいなか くすうえもん

1876.9.22(明治9)〜 1947.3.22(昭和22)

大正・昭和期の政治家

埋葬場所: 12区 1種 16側

 高知県安芸郡安芸町出身。胎中弥平の二男。少時自由民権思想に心酔。たまたま神奈川県で演説したのが縁となり、第2の故郷となる。
 自由党青年弁士として活躍し、星亨に知られ、星がアメリカ公使になると伴われて渡米。農業に従事して35年間在米。帰朝後、1928(S3)神奈川県第3区選出し衆議院議員となる。 立憲政友会に属す。以後当選4回(16-19回)。農林審議会議員、米穀統制調査会委員、大日本粋会幹事長。立憲政友会総務などを務めた。 また藤原製材会社社長の職にあった。第15回万国議院商事会議(ベルリン)に参列した。享年70歳。

<高知県人名事典>


*墓所内墓石はフルネームで刻まれ、右側に簡略歴が刻む。


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