福島県出身。旧姓は荒木。オリザリン(ビタミンB1)の発見者者である鈴木梅太郎(同墓)の養子。 東京帝国大学農芸化学科卒業。農学博士。1923(T12)京都帝国大学教授となり、同校農学部長。'33(S8)油脂の研究(脂肪管及びこれを含有する生物体成分の研究)で学士院恩賜賞。'34東京帝国大学教授に転身、理化学研究所研究員を兼務。病気のため退職した。 享年61歳。
<世界人名辞典(東洋偏)><講談社日本人名大辞典>
*墓所は正面和型「鈴木家之墓」。墓誌があり、鈴木文助の戒名は真解院釋大應居士。墓所入口には正面に向けて、左側に門下生から贈られた「鈴木梅太郎先生碑」が建ち、右側に「鈴木文助先生碑」が建つ。
鈴木梅太郎