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すぎむら こいち

杉村虎一

すぎむら こいち

1857(安政4)〜 1938.2.10(昭和13)

明治・大正期の外交官、教育者

埋葬場所: 5区 1種 16側 17番

 石川県金沢出身。兄の杉村寛正は民権結社の「忠告社」を組織した民権運動家として、また弟の杉村文一は、島田一郎について大久保利通暗殺事件「紀尾井坂の変」の六人の実行者のひとりであり、斬刑に処されたことで知られている。
 東京外国語学校を経て、1875.9(M8)司法省法学校の欠員募集に応じた。フランス人の法学者のボアソナード(ギュスターヴ・エミール・ボアソナード・ド・フォンタラビエ)に師事。 卒業後、司法省に出仕。1881.12司法省法学校の同期生らと明治法律学校を創立した際のメンバーのひとり。開校後は司法省に勤めながら、教鞭も執った。 なお、明治法律学校で初めての非常勤講師を務めたのは西園寺公望(8-1-1-16)である。また恩師であるボアソナードが「法律概論」、「刑法」、「治罪法(刑事訴訟法)」、「性法(自然法)」などの講義をした際に通訳や翻訳のサポートをした。
 1884外交官に転じ、フランス・ロシア・オーストリア公使館の書記官や、1910(M43)スウェーデン公使、サンクト・ペテルブルグのロシア日本公使を経て、メキシコ、スイスの特命全権公使。その後、ドイツ駐箚特命全権大使などを歴任。その間、明治大学(明治法律学校)の理事や名誉顧問・商議員などの役職を務めた。享年81歳。

<明治大学・大学史の散歩道>


 


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