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もんま まさなお

門馬将直

もんま まさなお

1893.2.15(明治26)〜 1962.3.20(昭和37)

明治・大正・昭和期の実業家(日光ペン)

埋葬場所: 19区 1種 13側

 千葉県久留里出身。1907(M40)上京。同郷の代議士の鈴木久次郎に寄寓(家に一時世話になる)。攻玉社中学校に学び、卒業後は、東京市電気局に奉職。
 1915(T4)世話になっていた初代社長の鈴木久次郎に代わり東洋精鋼合資会社社長に就任。翌年「日光」を商標登録、製品金Gと鉄Gのペン先の販売を開始し、日光ペンの鋼ペン先の製造販売を中心に発展させた。大正九年の恐慌(第一次世界大戦からの過剰生産が原因で起った戦後恐慌)、関東大震災、昭和初頭の金融恐慌等の幾多の波瀾を克服。'31(S6)満州事変勃発と共に大陸に着眼し、満支の輸出に成功した。
 '36巣鴨から調布に工場敷地を選定し新工場を建設。その後も拡張して1万5千余坪と建物1500余坪の業界随一の大工場となった。'38日本鋼ペン先興行組合を設立し専務理事として業界に多大なる貢献をなす。'39株式会社に改組と同時に社長に就任。終戦後は日本鋼ペン先興行組合理事長となった。享年69歳。

<顕彰像の略歴など>


墓所

*墓所には大きなペン型の墓石。裏に「日光ペン創始者 門馬将直 ここに眠る」と刻む。右側に「社長門馬将直翁之像」が建つ。正面に略歴が刻む。像の裏には門馬将直の生没年月日、昭和三十二年八月 聖人 作者名が刻む。左側に墓誌があり戒名は照光院将徳日直居士。「故人の一周忌に当り遺徳を偲びこれを建立する」と刻む。妻はゆき(1993.5.15歿 92歳)。長男で日光ペンを継いだ門馬久直も眠る。

社長門馬将直翁之像 社長門馬将直翁之像 社長門馬将直翁之像

*昭和42年11月3日に社員一同が『社長門馬将直翁之像』顕彰像として日光ビル2の敷地内に建之。元あった会社工場跡は、貸し出しショッピングセンターとして地域利用されていき、事業も不動産賃貸業へと切り替わっていった。日光ビル2は1階をマルエツ調布に、2階を株式会社東京ドーム運営の後楽園スポーツクラブに賃貸している。しばらく像はその場に建っていたが、このような状況に伴い、多磨霊園の墓所に移転したと推測する。

*1988(S63)日光ペン株式会社は「日光ビルディング株式会社」と社名を変更。1990(H2)門馬久直が逝去。久直の長男の門馬光直が社長に就任。時代の変化に対応する為に、筆記具の製造販売事業より貸しビル事業部門へ事業転換を計る。1991日光ペン事業部を廃業し、本格的に不動産賃貸業を展開。1994日光商事株式会社と社名を変更。2003ニビック株式会社に社名変更(ニビック=NIBIC [NIKKO BUSINESS INTEGRATED CONSULTING])し現在に至る。


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