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もんま ひさなお

門馬久直

もんま ひさなお

1924.5.28(大正13)〜 1990.5.18(平成2)

昭和期の実業家(日光ペン)

埋葬場所: 19区 1種 13側

 千葉県出身。父の門馬将直(同墓)は1915(T4)初代の鈴木久次郎に代わり東洋精鋼合資会社社長となり、「日光」を商標登録、製品金Gと鉄Gのペン先の販売を開始し、日光ペンの鋼ペン先の製造販売を中心に発展させた実業家。母はゆき。長男として生まれる。
 '48(S23)明治大学商学部卒業。父親の後を継ぐため、東洋精鋼社に入社。'60(S35)日光ボールペン製造販売を開始した。'62父である将直の死去に伴い、久直が社長に就任。 高度成長期時代に対応してペン先の需要が増え、'64資本金2千万円に増資し、日光ペン株式会社と社名を変更した。同年に日光サインペンを製造発売開始。「書く人の心で造る日光ペン」として筆記具界でシェアを確立した。
 '72経営多角化の一環として調布工場敷地内に50レーンのボウリング場「ニッコウボウル」をオープン。翌年長野県駒ヶ根市に工場用地7,000坪を購入し、この頃より不動産賃貸業に参入。 '76ボウリング場をマーケットに改修し、(株)東京ドームに「後楽園ストアー」として賃貸し不動産賃貸業を開始する。'81に25m温水プールを建設し(株)東京ドームに「後楽園スイミングプール」として賃貸を開始。 '87日光ビルNo.1を調布本社工場の再開発計画に基づき隣接地に4階建ビルを建設し本社機能及び工場施設を移転する。'88日光ビルNo.2を調布に建設。(株)東京ドーム後楽園スポーツクラブ、後楽園ショッピングセンターとして賃貸開始。この年に、日光ペン株式会社は「日光ビルディング株式会社」と社名を変更した。その後もテナントビルとして竣工を拡大。'90(H2)逝去。65歳。後任の社長は門馬光直が就任した。
 その後は、'92.1(H4)時代の変化に対応する為に、筆記具の製造販売事業より貸しビル事業部門へ事業転換を計るため、日光ペン事業部を廃業し、本格的に不動産賃貸業を展開に移行。社名を日光商事株式会社としていたが、2003(H15)ニビック株式会社に社名を変更。ニビック=NIBIC [NIKKO BUSINESS INTEGRATED CONSULTING]。

<現代物故者事典1988-1990>
<ニビック株式会社HP参考>


*墓石はまさにペン型。多磨霊園の大廻り東通り沿いに建つため、ひと際目立つ墓域。墓誌がある。門馬久直の戒名は悠久院直道日晃居士。父の門馬将直(1893-1962.3.20)の戒名は照光院将徳日直居士。


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