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みうら いはちろう

三浦伊八郎

みうら いはちろう

1885.4.13(明治18)〜 1971.10.11(昭和46)

大正・昭和期の森林化学者、農林学者

埋葬場所: 22区 1種 50側

 和歌山県出身。三浦安次郎の長男。
 1912(M45)東京帝大農科大学林学科卒。'14(T3)同大学講師、'18 助教授、'20 論文『木炭ノ性質、一植物性脱色炭ノ製法及性質』により林学博士の学位を受けた。'23 欧米各国に留学。'25 帰朝し教授となり、農学部長、南方自然科学研究所長等を歴任した。'40(S15) イギリス領ボルネオや、インドへ出張。
 '46(S21)東京帝国大学を退官。 同年、日本大学教授となり、同大学農学部長をつとめ、'52退職した。また大日本山林会会長、帝国森林会会長等を歴任した。
 樹木の有用成分の定量、木炭の研究、木村防腐に関する研究、パルプ研究の開発等に関して大きな研究業績を残した。正3位 勲2等。

<日本人名大事典>
<大衆人事録 東京篇>


*墓石は和型「三浦伊八郎家之墓」。左側に墓誌がある。戒名は興学院鶴壽榮林大居士。墓誌には各々の簡略歴が刻む。三浦伊八郎は「紀伊国山田村吉原(橋本市)に生まれる。 東京帝国大学教授、同農学部長、日本大学農獣医学部長等を経て、歿時迄、大日本山林会長、帝国森林会長等を務める。林学博士。勲二等旭日重光章を受け正三位を贈られる」と刻む。 伊八郎の妻はイサ子(1974.4.19歿:扶学院鶴操栄室大姉)。イサ子の父は林学博士の本多静六で、次女として生まれる。 三浦高義は「東京都渋谷区に生まれる。農林省技幹、応召、東京大学教授。東京大学農学部附属牧場場長を経て、停年退職。農学博士」と刻む。高義の妻は友子(2007.8.13歿)、神代雄三の次女。

*伊八郎の長男の三浦高義(同墓)は農学博士・獣医学者。隣りの墓所は三浦伊八郎の弟で逓信技師の三浦愿市の墓石が建つ。


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