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まつもと かつたろう

松本勝太郎

まつもと かつたろう

1886.4.19(明治19)〜 1976(昭和51)

大正・昭和期の実業家

埋葬場所: 20区 1種 36側 35番

 新潟県高田市出身。1921(T10) 室蘭製鋼所に入社。’25(S1)東京に移り、東京府板橋において松本鉄工所を設立。小型工作機械(旋盤)の量産化に成功し、戦時中は海軍の基幹となる監督工場に指定され、戦闘機部品の量産工場となり活躍。終戦後は日本の再工業立国の担い手として尽力した。

<ご子息の松本満三郎様より情報提供>


墓所

*墓石は二基建ち、左側が「松本家之墓」、裏面は「昭和十三年十月三十日 松本勝太郎建之」。右側は「故陸軍兵長 勲八等 功七級 松本稔次郎之墓」。裏面は「昭和十七年 月 日 父 松本勝太郎建之」。勝太郎は「松本稔次郎」墓の方に埋葬されている。

*松本稔次郎は勝太郎の子であり、1941(S16)支那事変にて部隊を助けるために一人で敵と応戦し戦死した陸軍兵長。

(注)呉市長を務めた政治家の松本勝太郎氏とは別人。また松本金太郎氏が苫小牧市に設立した松本鉄工所とは別会社。


※情報提供をしていただいた勝太郎のご子息である松本満三郎氏は、ソニー創業者の井深大(17-1-8-7)に乞われて当時の東京通信工業に28歳にて入社。後年爆発的なヒット商品となった「ウォークマン」の1号機を開発したが、当時は尚早で不発でしたというエピソードをいただきました。
 ウォークマン1号機「TPS-L2」は、1979.7.1(S54)に発売。「音楽を携帯し気軽に楽しむ」という新しい文化を創造し、小型化・軽量化・薄型化を限りなく追求した世界初の音楽プレーヤー。しかし当初はあまり売れなかったが、西城秀樹がウォークマンを聴きながらローラースケートをしている写真が「週刊明星」に掲載されたのを機に各雑誌で取り上げられ、またソニー社員が電車内でウォークマンを聴く行為を一般の人たちにアピールするなど涙ぐましい努力の末、徐々に認知度を上げ大ヒットに繋がった。


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