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ますだ ふみひこ

増田文彦

ますだ ふみひこ

1926(大正15)〜 2019.3.11(平成21)

昭和・平成期の製菓機械開発者、実業家(マスダック)

埋葬場所: 3区 1種 15側

 福岡県出身。叔父は新聞人の増田顕邦(同墓)。九州帝国大学機械工学科卒業。航空機設計を志すも終戦のため仕事がなく、叔父の増田顕邦を頼りに上京し、紹介された東京の印刷工場に勤務。
 印刷工場勤務に従事していた頃、偶然高校時代の友人に出会う。友人は饅頭屋を経営しており、まんじゅう製造機の開発を頼まれ製作に取り組む。完成後、実演販売を上野公園の西郷像の前で行ったところ、黒山の人だかりとなり、皆が笑顔でまんじゅうをほおばる姿を見ているうちに、「お菓子というのは、こんなにも人を喜ばせて、幸せにする力があるのか」と感動。「お菓子を食べる幸せを、ひとりでも多くの人に味わってもらいたい」と志が高まる。
 当時はクッキーやビスケットなど洋菓子を大量に焼く機械は輸入品が主であったが、和菓子やパンなど製造工程が繊細で複雑な製造の機械化は不可能といわれており進んでいなかった。これを機に印刷工場を辞め、製菓機械の開発に打ち込むことにした。
 1957.3(S32)新日本機械工業株式会社を創立。ある製菓関係者から「これからはパン業界も菓子パンが一つの柱になる」と聞き、まず初めに、あんぱん製造機の開発に奮闘。製品化には至らなかったが、「面白い技術者がいる」と評判が広がり、製パン・製菓メーカーから相次いで相談が寄せられた。その一つが、東横食品工業(サンジェルマン)から依頼された「桜餅製造機」。この開発時に考案した赤外線を用いた製法をさらに発展させ、'59.7「全自動どら焼機」を開発した。この手づくり感を残したどら焼きの製造の機械化に成功したこと追い風に、'61.2「自動サンド機」開発に成功。
 高度経済成長やスーパーマーケットの普及などで大量生産に向けた全自動化へのニーズも高まり、「手作りの機械化」の評判や発注依頼が高まった。高田馬場の工場が手狭になったため、本社・工場を埼玉県所沢に移転した。'66.2「SNライン(トンネルオーブンライン)」製造を開始。
 '75「アルミフーズフォルダー」の開発に成功。これは菓子作りから手掛けた最初の商品であり、バターケーキの材料とジャムなどを薄いアルミ箔に包んでオーブンで焼いた菓子で、焼き上がりまで外気に触れないため生地はしっとりと柔らかく、消費者が開封するまで誰の手にも触れられず衛生的でもあった画期的な発明であった。多くの菓子メーカーが採用して大ヒットした。
 '76「タイトアップマシン」開発。'84万能製菓機「システムワン」開発。土台となる部分は標準化しつつ、三つの小型化したヘッドを備えて、充填機能などは自由にカスタマイズできるもので、それぞれのお菓子屋さん独自のお菓子をつくることができる上、量産もできる優れた機械であった。これにより、'86日経年間優秀製品賞受賞、'87中小企業向け自動化機械開発賞受賞した。文彦にも数々の開発の功績により、'87黄綬褒章受章。'88.5 日本製パン製菓機械工業会会長に就任した。
 開発意欲は衰えず、'89(H1)遠赤外線ガス式「トンネルオーブン」開発。'90ブランド「MASDAC (マスダック)」を誕生させた。この頃は、製菓機械をつくるだけでなく、菓子そのものをつくる事業も手がけるようになる。その代表作が、'91.10 グレープストーンと共同開発した『東京ばな奈「見ぃつけたっ」』を子会社のOEM(受託生産)で開始。現在でも東京のお土産トップを誇る大ヒットとなり、食品事業は機械事業と並ぶ事業の柱へと成長した。
 '94バブル崩壊に加えてコンビニエンスストアの台頭で、多品種製品が求められる上、相応のロットも必要になったことより、多機能多列充填機「フレックスデポリー」を開発し、日経年間優秀製品賞受賞した。さらに、'97ユニット式充填成型機「システムデポリー」開発、時代に伴った機械開発により、'99日本食糧新聞優秀食品機械・資材賞授賞した。この間、文彦はこれまでの功績を称えられ、'95勲四等瑞宝章を受章。
 この頃より、菓子類全体の生産量や製パン製菓機械の売上が減少傾向となり、次世代の経営が求めらることもあり、'99.2息子の増田文治が代表取締役社長に就任するに伴い名誉会長となる。
 息子の文治は海外戦略で巻き返しをはかる。2001.12ドイツの離型油メーカー「デュボア社」と技術提携をし、2004マスダックヨーロッパ設立し海外展開。2007.1 社名を「株式会社マスダック」に変更、同.3 創立50周年を迎えた。2008ユニット式充填成型機「システムデポリー エボリューション II」開発、2009日刊工業新聞社主催 第39回 機械工業デザイン賞 日本商工会議所会頭賞受賞、日本食糧新聞社主催 第12回 日食優秀食品 機械資材・素材賞 機械部門受賞。2010過熱蒸気発生ユニット「ヒートプラス」開発、2011日本食糧新聞社主催 第14回 日食優秀食品機械資材・素材賞 機械部門受賞。2011「ファインアップトンネルスチーマー」日刊工業新聞社主催 第41回 機械工業デザイン賞 審査委員会特別賞受賞。2011.10量産向け生地充填機「H1デポジッター」開発と、時代の需要にマッチさせていった。
 2013.9「株式会社マスダック ホールディングス」設立、「マスダックヨーロッパ」を「マスダックインターナショナル」に社名変更。2014経済産業省「グローバルニッチ トップ企業100選」に選定され、その後も様々な工業機械を開発発表した。
 機械づくりの天才と称され、創業者として「マスダック」を日本を代表する総合和洋菓子製造機械メーカーにした。現在、デパートの地下で売られている和洋菓子の6割は、マスダックの機械によってつくられているとされる。自動どら焼機については世界シェアの95%をマスダックの機械が占めており、1時間に最大6000個製造している。菓子の味と品質にとことんこだわり、時代に添った製菓機械開発の精神は「はじめに菓子ありき」という言葉に集約されている。
 晩年は、東京糧食機工業協同組合顧問などを務めながら、マスダック名誉会長を務めた。享年93歳。葬儀は近親者で施行。死去翌月「株式会社マスダックホールディングス」を「株式会社マスダック」に社名変更し現在に至る。2019.5.13(R1)「お別れの会」を京王プラザホテルにて執り行った。また、同.6.9『菓子と笑顔を機械でつなぐ菓子づくりのオンリーワン企業〜菓子づくりの常識を変えるマスダックのあくなき挑戦〜』(著 鶴蒔靖夫)が刊行された。

<株式会社マスダック沿革 〜MASDACの歩みは、おいしい笑顔を広げる歩みでもあります〜>
<お菓子で世界中の人を幸せにする会社 マスダック 代表取締役社長 増田 文治 氏 × タナベ経営 若松 孝彦>
<「そのお菓子づくりを、もっと美味しく、新しく」増田文治>


*墓石は和型「増田家之墓」。右側に墓誌がある。増田文彦の戒名は清徳院技豊文英居士。叔父の増田顕邦の戒名は乾徳院殿顕邦宗栄大居士。


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