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くぼ のりまさ

久保徳全

くぼ のりまさ

1926.2.1(大正15)〜 2014.7.14(平成26)

昭和・平成期の実業家(ウテナ)

埋葬場所: 16区 1種 1側

 東京出身。ウテナ創業者の久保政吉、もと(共に同墓)の長男として生まれる。
 1947(S22)東京帝国大学医学部薬学科在籍中の22歳の時、父の死去に伴い、ウテナの2代目社長に就任。'50 社名を「株式会社ウテナ」に変更し、お客様の希求をかなえる商品開発販売を行い化粧品メーカーとして事業を拡大していった。
 '52 新装置を導入し、超微粒子乳化技術を使った牛乳由来成分配合のクリーム「ウテナ栄養ミルククリーム」発売。'57 日本初の男性化粧品「ウテナ男性クリーム」を発売。男性に注目した初の試みは化粧品需要の拡大に貢献することになり、その後の「メンズシリーズ」となっていく。また一本で薄化粧まで完成する多機能乳液「ウテナファッションミルク」は多様化する女性のライフスタイルにあわせて誕生した。
 '65 ある幼稚園から、外遊びで肌や手が荒れた子供に付けるクリームはないのかという問い合わせをきっかけに、日本で初めての子供用化粧品「ウテナお子さまクリーム」発売。他にも、'70 基礎からメーキャップまでそろえた「シャルール」、保湿クリーム「バニシングクリーム」、'83 アロエエキス配合自然派化粧品「ウテナモイスチャー」など発売。今でも愛される息の長い商品が多いのが特徴であり、ヘアケア製品、基礎化粧品の分野でもその評判が高い。
 化粧品、健康食品、雑貨といった範疇にとらわれず、清潔に、自分らしく、そして自然に身だしなみを整えるための身近な生活品を「HUMAN CARE商品」とし不動の地位を築いている。プロカリテ、ラムカ、メルフィニ、ナチュラルライン、モイスチャー、プレサの6つの人気ブランドはロングセーラーとなった。
 45年間にわたり経営の舵を握り、多くの商品を販売。1992(H4)会長に就任。3代目は息子の久保政幸が就任した。政幸はエポックメイキングな商品を次々と発売し、バラエティストアやドラッグストアーの躍進とともに更に会社を成長させた。
 2010 名誉会長となる。東京化粧品工業会理事や日本化粧品工業連合会理事なども歴任した。化粧品工業の発展に貢献した。長らく病気療養のところ逝去。享年88歳。通夜、告別式は故人の遺志により親族のみの密葬で済ませた。後日、社葬「お別れの会」を行った。

<近代日本の先駆者事典>
<History of utena>
<訃報記事など>


墓所

*墓石は蔵状「久保家累代之墓」、裏面「昭和二十八年三月建之 久保徳全」。右に墓誌が建ち、久保政吉から刻む。妻は とも(S47.3.26没・行年79)。長男の久保徳全、徳全の妻は十字架に「マリア 久保尚美」(H12.2.5)が刻む。


【その後のウテナ】
 3代目の久保政幸は「カテゴリーNo.1戦略」を推進し、ニッチでも生活者の深い悩みに応え、様々なカテゴリーでトップを取る戦略に舵を切った。「マトメージュ」や「プロカリテ」が生まれ市場を席巻した。
 2005(H17)岩倉具房が4代目社長に就任し、工場を持たない新しいビジネススタイルを確立させ財務の健全化を推進した。借金、在庫、返品率をゼロにする「スリーゼロ運動」を実施。「借金ゼロ」はすぐに達成したため、在庫、返品率を徹底的に意識する流れをつくった。また海外進出、グローバル化は会社の機運が高まることになった。
 「咲かせよう、まだないキレイを。」を具現化する商品づくりを意識する姿勢はその後も受け継がれていっている。2018 青正紀が5代目社長に就任。2021(R3)田頭基明が6代目社長に就任。※2021年現在。

<週刊粧業(2017.3.28号)ウテナ・岩倉具房社長、自ら変革し成長し続ける企業に>


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