メイン » » » 近藤勝之助
こんどう かつのすけ

近藤勝之助

こんどう かつのすけ

1868.4.8(文久3)〜 1935.12.10(昭和10)

明治・大正・昭和期の実業家

埋葬場所: 5区 1種 21側

 土佐郡潮江村(高知市)出身。19歳の時に上京、日本郵船会社に入り、一介の若年従業員からたたき上げ、基隆出張所長、仁川、台湾支店長を経て、同社取締役となる。 また川田小一郎とともに北海道の函館船渠会社を創立、川田を社長とし、自らは専務取締役となる。のち相談役。東京麹町区永田町2丁目の自宅で病没した。享年73歳。

<高知人名事典>


墓所地

*墓所内には4基の和型墓石が建ち、右から「近藤家之墓」、「近藤勝之助之墓」、「近藤●壽墓」(●=「まだれ」にヒ)、「土洲近藤慶七墓」。 左手前に墓誌があり、勝之助の養嗣で満鉄出身、国都建設局技術処長、満州技術協会、建設団理事長をつとめた近藤安吉(1886-1946.8.26)、安吉の長男で東京工業大学教授、セメント化学者、セメント・コンクリート化学の実践的貢献者を表彰する「近藤-大門賞」として名を残す近藤連一(1924-1979.5.22)の名が刻む。


関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・か行 | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。