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かくらい かずお

加倉井和夫

かくらい かずお

1919.9.11(大正8)〜 1995.9.24(平成7)

昭和・平成期の日本画家

埋葬場所: 26区 1種 37側

 横浜市出身。兄は建築家・俳人の加倉井昭夫〔秋を〕(同墓)。
 1944(S19)東京美術学校日本画科を卒業、同級に高山辰雄がいる。 '46和の名で第3回日展に「林」で初入選、'52第8回日展から'57第13回日展まで入選を重ね、 '57山口蓬春に師事、'58第1回新日展に「流」で初の特選・白寿賞を受賞、'61第4回新日展に「路地」で再び特選となる。 '63第6回新日展に「磯」で菊華賞を受賞、'66第9回新日展で初の審査員をつとめ、'67日展会員。 '69第1回改組日展に「碇と少年」で桂花賞を受賞、'72日展評議員となり、'74第6回日展に「白隴」で内閣総理大臣賞を受賞する。 '81前年の第12回日展出品作「青苑」で第37回日本芸術院賞を受賞、日展理事となる。
 白を好み白を基調とした清楚な画風を展開。この間、'54一采社に参加、'56第15回展から'61最終第20回展まで連続出品。 解散後の'65一采社旧会員と始玄会を結成。'70中近東やヨーロッパを旅行、翌'71最初の個展を銀座・彩壷堂で開催、 '77ギリシアなどヨーロッパを旅行して翌'78個展「わたしのエーゲ海」を開催、'80山種美術品の現代日本画の十人展に選ばれ、 '81自選展を銀座・松屋で開催する。また資生堂ギャラリーの遊星展、草々会の会員となる。 '89(H1)日本芸術院会、'90から日展常務理事をつとめる。 '95個展「私の映像」をニューヨークで開催するが、同年横浜市の病院で歿(自宅は山梨県山中湖村)。

<20世紀物故日本画家事典>
<MATSU様より情報提供>


碑


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