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ふくい とういち

福井東一

ふくい とういち

1923.8.14(大正12)〜 1995.1.3(平成7)

昭和・平成期の精神医学者、
開放的精神医療の先駆者

埋葬場所: 11区 1種 2側

 東京出身。祖父は三井財閥重役の福井菊三郎(同墓)。父はオオタ自動車工業の経営を担った実業家の福井孝一、園子(共に同墓)の長男。
 1959(S34)神奈川県葉山に一軒の家を借りて葉山診療所を開設。心の病をどう回復させるのか研究をしていたところイギリスの治療共同体に注目。これは病院の中をなるだけ解放にして一日に一回みんなが集まり話をする環境を整える。コミュニケーションを良くすると、みんな自然に良くなってくる。この精神科解放医療を日本で初めて試みるために、私財を投げうって、'63 診療所から発展する形で、三浦市に初声荘病院を開設した。
 当時の日本は根深い差別・偏見により精神障害者を閉鎖病棟に収容することが当然のことと考えられていた。WHO(世界保健機構)からも日本の精神衛生のあり方を批判・指摘を受けていた(クラーク勧告)。その一方で、初声荘病院の取り組んでいた「演劇療法および患者自治の計画」は全国のお手本となった。そのため日本における開放的精神医療の先駆者と称される。
 '77 医療法人財団青山会を設立。'80.11 青山会の理事長に就任。他に医療問題委員会の委員長、日本精神神経学会会長なども務めた。'89(H1)初声荘病院を福井記念病院と名称を変更。病棟開放率70%で精神科病院特有の鉄格子はなく、「治療共同体(therapeuitic community)」という理想のもとにさまざまな取り組みが行われ、現在に引き継がれている。享年72歳。

<横須賀市医師会報(H29.1)>
<医療法人財団青山会 運営理念>


墓所

*墓石前面「福井家之墓」、左奥に墓誌が建つ。福井菊三郎から刻みが始まり、没年月日と享年が刻む。墓誌には享年八十一才と刻む。東一の妻は節子(H23.10.5歿・享年93才)。


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