歴史が眠る多磨霊園


ひがしぼうじょう よしなが

東坊城徳長

ひがしぼうじょう よしなが

1869.5.17(明治2)〜 1922.8.8(大正11)

明治期の貴族院議員、子爵、歌人

埋葬場所: 13区 1種 45側 20番

 幼名信丸。京都出身。 1906(M39)以降御製取調掛、掌典等となり、また明治天皇御製臨時編纂部員、御歌所参候、歌御会始奉行等となる。
 東坊城家は、菅原道真の後裔、高辻家の分かれ五条家の分家。 五条為経二男茂長を祖に、鎌倉末期に創立され、以後侍読や文章博士となる者が多く、紀伝道を以て朝廷に仕えた。 儒道・301石の公家のため、1884(M17)7月8日に徳長が子爵を授爵した。 1911(M44)貴族院議員(子爵議員)となり、研究会に属す。 在任期間は1911(M44.7)〜1922(T11.8)没するまでつとめた。 正三位・勲三等。

<歴代閣僚と国会議員名鑑>
<日本人名大事典>
<平成新修旧華族家系大成>
<MATHU様より情報提供>
<徳川葵様より情報提供>

五輪塔の土台 *長女は女優の入江たか子(同墓・M44生)。 墓所は五輪塔であり「東坊城家」が正面に刻み、裏面に入江たか子の本名である東坊城英子が建立者として刻むのみである。 墓誌などはない。なお、多磨霊園の地の建立年月日は昭和37年7月である。父である徳長は改葬あるいは分骨されているであろう。

*入江たか子の子であり、徳長からは孫に当る人物に、東坊城恭長(俳優)と入江若葉(女優)がいる。 爵位継承者は徳長没後は、政長が継ぎ、次いで元長が継いだ。

*本墓所地は浄福寺(京都市上京区浄福寺一条上笹屋2-601)。 同寺は、菅原道真公の後裔である菅原流の公家の菩提寺で、東坊城家のほかに、高辻家、五条家、桑原家の菩提寺でもある。


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