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はやし けんとく

林 賢徳

はやし けんとく

1838(天保9)〜 1914(大正3)

明治時代の実業家

埋葬場所: 15区 1種 10側

 旧金沢藩士。1875(M8)士族授産を目的に東京麻布に農学舎をおこす。また、鉄道の重要性を主張し、78東山社を設立。 81岩倉具視らの賛同、旧大名や公卿たちが秩禄処分で得た公債を元本として、日本初の私設鉄道会社の日本鉄道会社をおこし、国家の手厚い保護のもとに83年7月に上野・熊谷間、翌年に熊谷・前橋間、そして91年9月に全通した上野・青森間(現在JR東北本線・高崎線・常磐線の大部分)の建設を進めた。 わが国私鉄敷設の先駆者。92官設鉄道から事務を引き継ぎ自営体制を整えた。理事委員・検査委員・取締役を歴任したが、1906鉄道固有化法により重役を辞任する。

<コンサイス日本人名事典>
<近代日本の先駆者事典>


 


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