下野国(今の栃木県小山市)小山城主 下野守 小山政光(小山祖)の後裔。
父方は僧侶で、母方が武家(小山)の家柄の長男として生まれる。
第二高等学校を経て、1906(M39)東京帝国大学医学部卒業。'12東京帝国大学大学院卒業。
卒業後、二等軍医となる。 '14〜'19(T3〜8)広島勤務。
'21欧州(オランダ・ドイツ)留学し、帰国後 東京第二陸軍病院院長となる。
'23一等軍医正、台湾軍軍医部長。
'24第九師団軍医部長(金沢)、'27(S2)軍医学校教官、'29第四師団軍医部長の時に少将となった。
'30朝鮮軍軍医部長、'32軍医学校長(京城)、同年に軍医総監中将となる。'34予備役編入。
キリスト教会にも深く関わっており、1906(M39)頃、東京帝国大学学生の時、海老名弾生(12-1-7-18)から本郷教会(弓町本郷教会)にて受洗する。'14(T5)広島教会に転入会、'19本郷教会に転入会、'23台湾台北教会に転入会、'24金沢教会に転入会。
金沢には東京の組合系教会がなかったため、福井教会の菱本牧師に暫く扮していただき、組合系教会の基礎となる。
その後大阪教会に転入会、'29(S4)京城教会に転会。'38以降、退職して本郷教会に落ちつく。
以上、転々と各教会を回り、客員扱いを希望せずに、それぞれの教会で役員を仰せつかり職を尽くした。
医学博士。従三位 勲二等。'46召天。享年65歳。