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おさない かおる

小山内 薫

おさない かおる

1881(明治14)〜 1928(昭和3)

明治・大正期の劇作家、演出家

埋葬場所: 5区 1種 1側 37番

 東大在学中から詩・小説・戯曲を書き、劇の翻案や演出をする。 詩人としては1906(M39)散文詩集「夢見草」、詩集「小野のわかれ」があり、小説家としては初期の短篇をへて13(T2)自伝的長篇小説「大川端」で才能を示した。 09〈自由劇場〉を創立、イプセンの作品を上演して近代日本の演劇史上に親生面を開いた。24土方与志と〈築地小劇場〉をおこし、演出・俳優養成などにあり、新劇発展のもとをきずいた。 25ラジオドラマ研究会創立。戯曲の翻訳・翻案も多く、劇評家・演出家としての業績も大きく、また20松竹キネマに入り研究所を作るなど映画界にも足跡を残した。

<コンサイス日本人名事典>


*「小山内薫之墓」書は市川左団次


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