歴史が眠る多磨霊園


いのうえ みちやす

井上通泰

いのうえ みちやす

1866(慶応2)〜 1941(昭和16)

明治・大正・昭和期の
国文学者、歌人、医師(眼科医)

埋葬場所: 19区 1種 12側

 松岡操の子、12才の時に医師井上家の養子。柳田国男・松岡映丘(10-1-13-19)の兄。 号を南天荘。東大卒業後、岡山医専教授となったが、1902(M35)辞職して東京で開業。 また早くから和歌を学び、香川景樹に私淑した。07宮内省御歌所寄人。 20(T9)宮内顧問官。晩年は爾来国文・国史、とくに「万葉集」「風土記」の研究に没頭した。

<コンサイス日本人名事典>
<日本史小辞典>

 


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