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あわや しんたろう

粟谷新太郎

あわや しんたろう

1919.4.6(大正8)〜 1999.5.21(平成11)

昭和・平成期の能楽師

埋葬場所: 25区 1種 85側

 東京出身。父は能楽シテ方喜多流の粟谷益二郎・末の長男として生まれる。弟も同じ能楽師であり、菊生、辰三、幸雄。歌手のペギー葉山は従兄妹。
 父および14世の喜多六平太、15世の喜多実、友枝喜久夫に師事。初舞台は5歳のとき「雲雀山」の子方。喜多流の重鎮として活躍し、粟谷能の会を主宰。1965(S40)より日本能楽会会員。享年80歳。

<日本芸能人名事典>
<森光俊様より情報提供>


*新太郎の長男である粟谷能夫(あわやよしお 1949.9.12-)も能楽シテ方喜多流である。15世の喜多実に師事。妙花の会や流儀を超えた三鈷の会に参加するなど活躍している。

*墓石は和型「粟谷家之墓」、裏面「昭和三十八年九月 粟谷新太郎 建之」。墓所右側に墓誌がある。父の粟谷益二郎から刻みが始まるが、墓誌には本名の粟谷益次郎と刻む。戒名は順徳院益山玄道居士。母の末は墓誌には粟谷スエ(S58.7.25・86才)と刻む。粟谷新太郎の戒名は誠徳院心光普照居士。


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