10 DAYS AFTER
―――あの日から、今日で10日目。
あたしは、ギロロとまともに話をしていなかった。
いえ、話どころかまともに顔も合わせることができないでいた。
彼は、逃げているのだ―――はっきりと、自分から。
***10 DAYS AFTER
「ギロロたら、ほんとにどこ行ったのよ!!」
夏美はそう叫んでから、洗濯物を勢いよく取り込むと横目でちらりとそれを見やって
大きなため息をついた。
日向家の、決して広くはない庭に当たり前のように立っているその赤いテントは、今日も主を静かに待っている。
おかげでいつもギロロにべったりなピンク色の猫も、珍しく夏美の手から好物の海苔を受け取ると、
ぱくんとくわえて去って行った。
いつもは、彼女が近づいただけで警戒するのに。
――― 「あの日」から一週間。
夏美は必死で彼を探しまわった。
日向家地下にある秘密基地はもちろんのこと、ギロロが行きそうな所は全部。
特に基地内なんて、とうとうあの無駄に広い施設の隅々まで覚えてしまったほどに。
日向家内に居ないのなら、最早夏美一人では探しようがない。
少なくとも相手は一応宇宙人だ。いざとなったら、どこの星へも行ける足を持っている。
そんな彼が、こんな長い間。
当たり前に自分の傍に居てくれたことの奇跡を、夏美は改めて思い知らされていた。
この三日間は探す気力も失われ、不安に胸を押しつぶされそうになりながら、
ひたすら待つ事しかできなかった。
日向家に居る宇宙人はもちろんギロロだけじゃない。
脅してでも協力させて、ギロロの行き先を知ることはできるかもしれない事は夏美にも分かっていた。
でも、こんな時ばかりあの黄色い蛙に頼るのは、彼女の癇に障った。
「これはあたしとギロロの正念場だもん、自分だけで解決しなくちゃ!」
取り込んだ洗濯物を慣れた手つきで片付けると、夏美は意を決したように立ち上がった。
そもそも何故ギロロがこうまでして夏美を避けるのか?
理由は彼女にも分かっている。
理由、というより
きっかけになった10日前の事件は、夏美にとってどんな天変地異より衝撃だった。
―――その告白は、突然やって来た。
「な、夏美………俺は、お前を………」
10日前のあの日。
ギロロは夏美に、とうとう自分の気持ちを伝えたのだ。
本人以外は、誰もが気が付いていただろう彼の、夏美に対する熱い想い。
一見、出会いは最悪だった。
でも、彼にとっては最強にして最高の出会いだった。
不器用な彼が、自分に告白しようと決意するまでにはどれだけ思い悩んだことか。
それは夏美自身が一番良く知っている事だろう。
彼女自身にとっても、ずっと待っていた
―――それは夢にまで見た瞬間。
夏美だとて、ただ手をこまねいて待っていたわけじゃない。
彼の、自分への気持ちに気がついたのは、少し前になる。
それは決して自惚れじゃない。
自分の気持ちに気がつくまでにも時間がかかった、鈍感な彼女でさえわかりやすすぎる彼の行動、言動すべてが、それを物語っていた。
―――だけど。
未だに『侵略者』と『侵略されるもの』のという立場は変わっていない。
しかも、彼はあくまで軍人で、小隊で一番侵略に熱心で。
その狭間で思い悩む姿を彼女は何度も見て来ている。
もし、自分が。
ギロロに気持ちを伝えてしまったら。
一体どうなってしまうのだろう?
たった一つの言葉が。
この微妙なバランスを崩してしまうかもしれない。
そうなったら、きっとそばに居られなくなる。
彼女はそれが一番怖かったのだ。
彼女はギロロが言うほど強い人間じゃない。
何も出来ない、ちっぽけな子供なのだと、彼に恋をして、初めて自覚していたのだから。
「………あたしの、せいよね」
近所の小さな公園のブランコを漕ぎながら、夏美はぽつりと呟いた。
「あたしが、もっと早く気づいてあげられたら」
―――ギロロをこんなにも悩ませることは無かったはず。
少なくとも、自分の答えを聞かないまま避けられるなんてことはなかったはず。
すでに夏美の答えは決まっていた。
それなのに、ギロロは彼女の答えを聞こうとしなかったのだ。
「ごめんねギロロ」
夏美は溢れ出る涙を吹き飛ばすように、勢いよくブランコを漕ぎ出した。
「…逢いたいよ、ギロロ。ちゃんと…」
ちゃんと、言わせてよ。
あたしも―――ギロロが、アンタが好きだって。
だから、帰ってきて、お願い。
―――此処に、あたしの隣に。
「………風邪をひくぞ夏美」
「ぎ、ギロロっ!?いつからそこに…」
夏美はその声にぎょっとなって、後ろを振り返った。
身体の色とお揃いの、お馴染みのソーサーに乗って。
彼は確かにそこにいた。
「つい、数分前からだが…なにやら悩んでいるようだったので話しかけづらくてな」
「アンタねぇ…その悩みの原因が自分だって解ってるでしょう!」
さすがに呆れて、夏美はブランコから飛び降りるとギロロをキッと睨みつけた。
「大体、自分だけ言いたいこと言うだけ言ってどこ行ってたのよ!?」
「…スマン、頭を冷やしたらすぐ帰るつもりだったのだが……思わぬアクシデントがあってな
………ぐあっ」
「心配、したんだから!!」
夏美はたまらずギロロに走り寄って抱きついた。
とは言っても、見た目的には抱きすくめられたのは当然ギロロの方だったけれど。
「あたし、だってギロロのことが大好きなのに!好きだったのに!!
なんで言わせてくれなかったのよ…ギロロのバカッ!!」
自然と、夏美の腕に力が入った。
この10日間。
否、夏美が彼を好きだと気付いてからの幾年月。
ずっと言いたくて、言えなかった言葉がやっと彼に伝わったのだ。
「夏美ィ…ぐ、ぐるじぃ……」
「あっ…ご、ゴメン!!」
勢い余った彼女に抱きつぶされかけた赤い小さな宇宙人は、一瞬崩れた顔を慌てて引き締めると、真剣な顔で夏美を見上げた。
「…夏美、分かってはいるだろうが」
「うん」
「大変なのはこれからだ」
「うん、そうね」
「夏美には幸せになってほしかったんだ、誰よりも。だから、本当は言うつもりはなかった」
「あら、俺が幸せにしてやる!ぐらい言えないの」
「そ、そんなことは言えるか!!俺は侵略者だぞ!!」
「この状態で凄まれても、説得力無いわよ?」
まだ彼女に抱きすくめられたままの小さな侵略者は、そこで敢え無く撃沈。
「一人じゃないから、これからは二人だから」
「………ああ」
「だから、一緒にどうするか考えましょう?…あとね、ギロロ」
「…なんだ」
「あたしを10日間もほったらかしたお詫びにひとつお願い聞いてくれる?」
「今お、俺にできることなら、まあなんでもするが…」
「今夜、アンタのテントに泊めてよ」
「そ、それは断じてだめだぁぁぁー!」
「じゃあ、ギロロがあたしの部屋に泊まるんならいい?」
「それはもっといかん!!」
「………なんでよ、猫ちゃんはしょっちゅうテントに泊めてるのに」
夏美はギロロを勢いよく地面に降ろすと、ぷいっとそっぽを向いた。
さて、初めての二人だけの夜がどうなったのかは…二人だけの秘密。
桜奈みかり 様
【告白から10日】のギロ夏でした…伍長がへたれですみません。
delicious*orange/桜奈みかり 様