スイートテン


ダイヤモンドは永遠の輝き。
今までも、これからも―――スイートテンダイヤモンドを君に。

日向夏美は、ほぅ‥‥とため息をついた。

テレビ画面には、潤んだ瞳でダイヤを受け取る女性がクローズアップされている。

「素敵‥‥」
夏美はうっとりとつぶやいた。
二十歳を過ぎた彼女の姿はすっかり大人びていたけれど、こういう時の表情はまだまだ子供っぽいなとギロロは思う。

「女はこういう宝飾品が好きだな」
そう返事したギロロは、勿論その姿が変わっているわけもなく、相変わらず強面の侵略赤ガエルだ。
だけど、以前よりはずっと話しやすいわよねと夏美は思う。
こうして、当たり前みたいにリビングでいっしょに過ごしてるあたり。

「うん。とても綺麗で、ロマンチック」
「ただの炭素の結晶体ではあるが、美しいのは事実だな」
「言い方にはロマンがないけど、綺麗なのは一応わかるのね」
「フン、当然だ」

くすくすと笑いながら、夏美は先を続けた。

「でも、私がロマンチックって言ったのは、ただダイヤが綺麗だからじゃないのよ」
「どういうことだ?」
「スイートテンダイヤモンド。10周年の記念に贈るダイヤってところがね」
「すいーとてん‥‥?」
「うん。10年間をいっしょに過ごした、気持ちとか思い出とかそういうの全部を込めた結晶があのダイヤだと思うと、素敵だなあって思うの」
「‥‥なるほど」

くだらんなと言ってしまうのは簡単だったが、そんな気にはなれなかった。
自分と夏美が出会ってから、まもなく10年になることに不意に気付いたからだ。
夏美と過ごした10年間の気持ちや思い出。
たとえ俺からでも、スイートテンダイヤモンドを貰ったら、彼女は喜ぶんじゃないだろうか。

初めての出会いから10年、いろいろなことがあった。
ともに闘ったり、侵略を阻止されたり、助けられたり助けたり、
ただただ平和な時間をともに過ごしたり。
だが、俺達の関係は変わらない。
鮮やかな一撃で俺を倒した夏美。その雄姿に惚れたあの日からずっと‥‥。

「ちょっとギロロ!アンタ、また湯気出てるわよ!」
「な、何でもない!大丈夫だ!」


それを用意することは、ギロロにとってそう難しいミッションではなかった。
‥‥それを渡すことに比べたら、だ。

「な、夏美、ちょっと渡したいものがあるんだが。来てくれないか」
「何? もしかしてお芋?」

何の緊張感もなく、夏美はギロロのテント横にやってきた。
それでいい。あまり大袈裟になっては渡しづらくなる。

「あー、夏美。何も言わずにこれを受け取ってくれないか」
「え‥‥何?」

ギロロに渡された小さな箱を、夏美はそっと開け、その瞬間息を飲んだ。

「これって‥‥」

吸い込まれるような輝きのダイヤの指輪が、そこにあった。
夏美の頬が染まり、潤んだ瞳がギロロを見つめた。

よかった、ともかく夏美は喜んでくれている。そう思ったギロロは言った。

「ス、スイートテンダイヤモンドだ」
「スイートテンですって!」
「おまえと出会ってから、ちょうど10年だ。
 柄じゃないが、たまにはこんな贈り物もいいだろう。き‥‥気まぐれだ!」

夏美は唖然とした。
そして、しばらく前にギロロとスイートテンダイヤモンドについて話したことを思い出した。
バカみたいな勘違い。だけど、きっと10年間の気持ちや思い出が込められている。

「ごめん‥‥ギロロ」
「何故、謝る?」
「ギロロが、私と出会って10年だって覚えてくれてたのはすごく嬉しいの。だ、だけど!」
「な、何か間違ったか?」

夏美は困ったようにこくりとうなずいた。

「スイートテンダイヤモンドって、ただ出会って10年の記念に贈るものじゃないのよ。
結婚10周年の記念に、旦那さんが奥さんに贈るものなの。説明足らなくてごめん‥‥」

何てこった!夫が妻に贈るものだって!
俺は、何ちゅーものを夏美に贈っちまったんだ!

「あの、えっと、だから。気持ちはすごく嬉しいけど。
 スイートテンダイヤモンドのつもりだったのなら、こんな高価なもの貰えない‥‥」
「すすすすまん!じゃあ、俺からこんなもの受け取れるわけないな!忘れてくれ!」

慌ててダイヤを回収して退散しようとするギロロの首根っこを、夏美はひょいと捕まえた。

「待ちなさいよ。せっかくだから、ちょっとくらい着けさせてよ」
「お、おう」

ダイヤの指輪は、夏美の細い薬指にすんなりおさまった。

「綺麗ね」
「う、うむ」
「あのね、ダイヤの指輪って‥‥スイートテンダイヤモンドもそうなんだけど‥‥」

夏美は何を言いだすんだろう。
どうにも居心地が悪いとギロロは思った。全く、慣れないことをするもんじゃない。

「どっちかって言うと、婚約指輪によく使われるんだ。だから、プロポーズの時に渡したりするの」
「プロ‥‥ポー‥‥‥‥プロポーズぅうううっ?!」

もはや立っていることもできなかった。
何という失態! 何という‥‥俺のバカバカバカバカ。

「だから、さっき、すごくびっくりした。
 バカだよね。ギロロが私にプロポーズなんてするわけないのに」
「え‥‥」
「するわけ、ないよね‥‥?」

それは、夏美が初めて見せた気弱な、泣きそうな顔だった。
もしかしてこれは。10年に一度の‥‥いや、一生に一度のチャンスなのかもしれない。
今ならば、今だったら、欲しかった返事がもらえるのだろうか。

「夏美、俺は‥‥」

言えばいい。ずっと惚れていたと。

「俺は‥‥」

俺のものになってほしいと。


「俺は‥‥‥侵略者だ‥‥」


ようやく絞り出した言葉は、それだった。
何てバカなんだろう、俺は。
だが、俺は侵略者だ。彼女と婚約なんて‥‥できるわけがない。例えどんなに惚れていたって。

「あっそ。何よ、今さら。知ってるわよ!」

もう夏美の表情から気弱さは消えていた。むしろ、怒りのオーラが見える。

「ばか。侵略も婚約も同じなのよ!」

「へ‥‥?」

耳を疑うギロロの前で、するりと薬指からダイヤを抜くと、夏美はそれを無造作に投げた。

「はい、返したからね!」

そのまま部屋を出て行こうとする夏美の腕を、ギロロは反射的につかまえた。
ダメだ。この手を離してはいけない。

「待ってくれ、夏美」
「‥‥何よ」
「ずっと、着けていてくれ」

もう一度、彼女の左手の薬指にダイヤの指輪をおさめる。

「ミッションコンプリート。侵略‥‥婚約完了だ」
「ばかね」

頬を染めた夏美が恥ずかしそうにギロロに笑いかけた時‥‥


「うおおおお、夏美殿ーッ!!まだまだ突発的反逆精神健在ナリーッ!!」


なつかしの宇宙ヒルを抱えたケロロが飛び込んできた。
が、その瞬間、指輪はあっという間に彼女の左手全体をガードするように変形し、続けて、ケロロの頭をめきょりと掴んだ。

ぐぅぇええーーーー!

「な、何でありますか‥‥それ‥‥」
「侵略指輪だ」
「婚約でしょ」
「同じだ」

へー、そうなんだー。

「ありがと、ギロロ!大事にするね!」
「常備してくれ」

そんな会話を聞きながら、全くこいつら変わりやしねえと、薄れゆく意識の中でケロロは思った。


けろっと 様


10周年ですもの!と思い、普段は絶対書かないようなゲロアマ〜を書いてみました。
惚れさせちゃえば侵略完了だと思うんですが、どうでしょう。

けろっとさんばなー
お気楽ケロッ!と生活/けろっと 様