だって…(繋がれた手)


「だって…」
「…でも」
先程から自室に閉じ籠ったままの夏美はその言葉を繰り返している。


ケロロの突発的反逆精神や他の敵性宇宙人の侵略行為によって
度々夏美はその身の危険に晒される事がある。
そのような時、夏美自身が自分ではどうする事も出来なくなると必ずと言っていい程、夏美を助ける者がいた。

その名もギロロ、階級は伍長。
ケロロ小隊の最右翼、最も攻撃的で地球侵略に積極的な男…
そんな彼が何故か夏美の身が本当にピンチになると我が身の立場や命を省みず夏美の事を助けにやってくる。
何時しか夏美もそんなギロロに対し、心の中で救いを求めるようになっていった。


日向家には父親がいない、仕事で留守がちな母親に代わって
夏美は食事の支度からお洗濯やお掃除、弟の世話まで一生懸命だ。
彼女自身、長女として姉として家事や弟の面倒をみるという事には特に抵抗も無く
むしろ頼られる自分に満足している部分もある。
最近は日向家に居候している侵略宇宙人ケロロ軍曹の面倒も見る事になってしまっているのだが
生活を共にしているうちにケロロのこと自体、やんちゃな弟みたいな気がしてきているらしく
弟の冬樹同様に彼の事を心配したり、気にかけている事も多い。
だからどちらかと言うと頼るより頼られる自分が当たり前
何でも自分で決め、どのような問題も自分で解決する。

普段の夏美を見ている者は夏美が何でも出来るが故の強気な女だと思うかもしれない
だが本当の夏美は弱虫で泣き虫、寂しがり屋なのである。
心の奥ではいつも誰かに助けられたい、頼りたい…そう思っている。
強気の自分を自分に見せる事で弱い気持ちや性格を隠し、自分を支えているのである。


そんな夏美がもう自分自身ではどうにもならなくなった時、心の中で助けを求める相手…
以前は母親である秋だった。
夏美にとって秋は誰よりも頼りになる強い存在なのである。
ただ、そんな秋にさえ心配を掛けまいとする夏美の気持ちが
最近は秋に対しても良いところを見せよう、安心させようと弱音を吐く事をためらい始めていた。

…なのに

『たすけて…ギロロ』

あの赤い侵略者には何故か心の底から助けを求めてしまう。
決して本人の前で口に出す事は無いが
何時でも…
どんな時でも…
それは彼が所属するケロロ小隊の侵略活動の時でも…

『たすけて…ギロロ』
最近の夏美が心の奥底から助けを求める相手はギロロだった。


今日も夏美はケロロのへっぽこな侵略作戦に巻き込まれ、次元の穴に落ちそうになった。
落ちまいと必死に手を伸ばし、何かに掴まろうとするが
伸ばした手は空を切り、体は次第に穴にずり落ちていく…
やがてもうどうする事も出来なくなった時、夏美の口から出た言葉は…
「たすけて…ギロロ!」


その時、夏美の手を力強く握り締める者がいた。
同時に夏美の耳に響く頼もしい声
「夏美!しっかりしろ!」
「ギロロ!」
その声に安心した夏美は己の力と気力を奮い立たせると自分の手を掴むギロロの手を握り返した…



こうして夏美はギロロの手によって救い出され、作戦の首謀者であるケロロにたっぷりとお灸をすえると
日向家二階にある自分の部屋に戻ってきたのである。

「…ギロロ」
「どうしてあたしを助けてくれるの?」
ギロロと繋がれていた手がまだ熱い、ギロロのぬくもりがまだ残っているようだ。
強い力で握りしめられた時の感触も残っている。
その感触にギロロの力強さと自分を助けようとするギロロの気持ちの強さが感じられた。

手を掴まれた時、思わず顔を上げた夏美は真剣な表情で自分を見つめるギロロと目が合った。
思わず見つめ合った瞳と瞳…
見つめ合った時のギロロの真剣な瞳を思い出した夏美は
自分の頬と胸の奥が熱くなっていくのを覚えた。

「…あたし」
夏美の中で何かが大きく膨らみかけている…
だが夏美は顔を大きく横に振るとその想いを否定した。
「だって…」

『だってあんたはカエルによく似た宇宙人で…』
『背の高さもあたしの膝上くらいしかなくて…』
『侵略者で…』

『あたしは地球人で…』
『あんた達に侵略されまいと必死で…』
『もちろん姿や形は全く違うし…』

『生まれだって今まで過ごしてきた環境だって何もかも違うんだもん…』

心の中で自分とギロロの違いを考え、自分の中に膨らみかけた想いを否定しようとした夏美は
自分の手に残るギロロのぬくもりと心強い力を思い出すと再び両手を見つめた。
「…でも」

あの時…
もがき苦しみながら伸ばした夏美の手をしっかりと掴んだギロロの指…
その指は夏美の指、一本一本に絡みつき大切そうに握り締めた。
夏美がもう片方の腕を伸ばすとその腕と指に絡みつく確かな手ごたえ…
夏美を強く、熱く包み込む指…彼女と同じ10本の指…
それは余る事無く、不足する事も無く夏美の指をしっかりと支えた。
強く包まれ、支えられた手には今でもギロロのぬくもりと握り締められた感触が残っている。

夏美はその両手を胸に当てると少し微笑み、頷いた。
「ああ、そうなんだ…」

『確かにあんたはカエルによく似た宇宙人で…』
『背の高さもあたしの膝上くらいしかなくて…』
『侵略者で…』

『あたしは地球人で…』
『あんた達に侵略されまいと必死で…』
『もちろん姿や形は全く違って…』
『生まれだって今まで過ごしてきた環境だって何もかも違う…』
『違いすぎる筈なのに…』

夏美は二人が何もかも違う筈なのに実は何も違わない事に気づいてしまった…

『あたしを支える頼もしいその2本の腕も…』
『あたしの手をしっかり握りしめる10本の指も…』
『真剣な表情で見つめるまなざしも…』
『あたしを勇気づけるその声も…』
『あたし達地球人と…ううん、あたしと少しも変わらない。』

「…ずるいよギロロ」
夏美の震える唇から小さな呟きが漏れる。
『あたし…あたしとは違うんだって思う事で今まで抑えてこれたのに』
『この気持ちを否定する事も出来たのに…』

同じだと認めてしまうと抑える事も否定する事も出来なくなってしまう。
次第に夏美の中で大きく成長していくこの想い…

「あたしはギロロが…ギロロの事が…」
その言葉が口からこぼれた瞬間、瞳からも大きな涙がこぼれおちていった。
その涙はこれが自分の正直な気持ちである事を表していた。



何処からか美味しそうな焼き芋の匂いがする。
ギロロが自分を呼んでいるような気がした夏美は涙を拭うと部屋から出ていった。


リビングに下りてきた夏美が窓からそっと庭を見ると
焚き火の前で嬉しそうに芋の焼き加減を確認するギロロを見つけた。

『あの焼き芋は何時だってあたしの為に、あたしだけの為に焼いてくれるのだと思いたい、自惚れていたい…』 そう考えながら窓の陰からギロロを見つめると夏美は小さな声で呟いた。

「ねえギロロ…あたし、あんたの事を好きになってもいいのかな?」






乾一世 様


この度は素敵なお祭りをご開催いただきまして誠にありがとうございました。 もっと早くに参加させていただきたかったのですがなかなかお話が定まらず… ラブラブなお話は他の方がお描きになるだろうと空気も読まず切ないお話にさせていただきました。 テーマの「10」は繋がれた二人の10本の指と言う事でご勘弁ください

乾さんばなー
宇宙(そら)いっぱいに幸せを/乾一世 様