元・庭先居候からの10通の手紙


元・庭先居候からの手紙 その一

前略。

夏美、お前がこの手紙を読んでいる頃、俺はエルヴァーダへ向う宇宙船の中。出発が未明だったので、見送りは不要だ。故に出発時刻は知らせなかった。
もしかして、怒っているか?
すまん、別れはどうにも苦手でな。許してくれ。
恋人(いまだに照れるな、この表現は)のお前が泣くところを見たくなかったんだ。
男の身勝手さ、だ。
さて、バタバタした出発だったので、事情もろくに説明できなかった。罪滅ぼしに、少し問題のない程度に任務について話す(というか、書く)。
エルヴァーダはケロン軍が力を入れて侵略を進めている星だ。俺は、その作戦の助っ人として臨時にエルヴァーダ侵略軍へ入ることになった。とはいえ、所属はケロロ小隊のままであり、作戦終了次第、そちらに復帰する。
だから、あまりケロロを責めてやるな。あいつもあいつなりに俺の処遇については手をまわしてくれたのだから。

草々



元・庭先居候からの手紙 その二

前略。

夏美、元気か?
俺の手配どおりならば、月初め(毎月一日)にこの手紙は届いている筈だが、どうだろうか?
ケロンの郵便局は優秀なので大丈夫だろう。お前の知っているメルル達だ。プロ意識はケロン軍人のそれに勝るとも劣らぬ連中だ。
実を言うと、この手紙。出発前に一気に10通書き上げたものだ。
戦場で私的な手紙を出すことは不可能だし、通信もできんだろう。それ程、生易しいところではないからな、エルヴァーダは。
そういうわけで、月初めに一通ずつ俺からの手紙が届く。
俺の感傷的な思いと笑ってくれていい。
後、8回付き合ってくれ。


草々



元・庭先居候からの手紙 その三

前略。夏美へ

ペコポンでは3月、出会いと別れの季節だ。
俺とお前の出会いは、あのトラップの中だった。俺のトラップを易々とかいくぐり、鞄の一撃を喰らった事、昨日のように思い出せる。
夏美、笑うなよ。
俺はあの瞬間、そう鞄の一撃を喰らった瞬間からお前を意識したのだ。そういう意味で、お前の容姿ではなく中身に惹かれたのだろう。
いや、お前の容姿も好みなんだが、な。
つまり、俺はただの面食いではないと言いたかったんだ。
何だか書いているうちに恥ずかしくなってきた。ここで筆をおく。


草々



元・庭先居候からの手紙 その四

前略。

そちらは4月か。ペコポンの桜が咲く時期だろう。
花見と言うと、場所取りのことばかり思い出すのは我ながらどーかと思う。ケロロも浮かれ騒いでいることだろうな。花見の場にはうってつけかもしれん。せいぜい酔いつぶれないように気をつけてくれ。酔いつぶれたら、そこらに転がしておけばいい。
去年の桜は綺麗だったな。
場所がとれずに、ソーサーでシートを固定するというものだった。あの時は正直、内心心配していたのだが、日向家の皆が喜んだようで良かった。
きっと、今年の桜も綺麗なことだろう。
では、また次の手紙で。


草々



元・庭先居候からの手紙 その五

前略。夏美、変わりはないか?

この手紙も早5通目。折り返し地点だ。
一晩で10通の手紙をしたためていると、妙な気がする。そもそも、夏美に手紙を書くことが初めてなのだから。同じ敷地内にいては、その機会がなかったのも当然か。
こうしてみると、長くは離れたことがなかったように記憶する。
−−いや、これは秘密基地が日向家地下にあるわけで、隊長のケロロが日向家捕虜になっているからであって。

とにかく、以上だ。



元・庭先居候からの手紙 その六

前略。

ペコポンでは、じめじめとした梅雨の季節だろうか。
ケロロが暴走していないかが心配な季節だ。全く、あいつときたらどんだけ手のかかる奴だ。
手紙の中ですら心配をかけるというのも、さすがはあいつといったところだろう。
だが、夏美。ケロロはこの時期、あの頃のように気力充分なので注意するように。なんだったら、
リミッターをかけておけ。あの姿を目の当たりにすると心底情けないが、目の前に入らなければ気にならん。
それと、気温が下がるので体調に気をつけるように。
体調管理は戦士の基本だからな。


草々



元・庭先居候からの手紙 その七

前略。

この手紙を読んでいるだろうか、夏美?
急に別任務へ向った俺に腹を立てて、手紙を読まずに放っていても仕方ないな。7通目にして、今更の心配だとは思うけれど。
だが、ケロロからきちんとフォローしないと愛想尽かされるであります!!と言われて手紙を手配するあたり。俺も大概、お前にまいっているようだ。
俺は言葉が苦手で、夏美には辛い想いをさせたかもしれん。
この手紙がその代わりになってくれれば、と思う。
とはいえ、たいしたことは書いていない気がするな。手紙でも、俺は俺ってことか。


草々



元・庭先居候からの手紙 その八

前略。地球最終防衛ライン夏美へ

ペコポンでは最も暑い季節だな。クーラーにあたり過ぎて体調を崩していなければよいが。
ケロン人にとっても、この季節は辛くてな。無駄に我を張って暑気あたりを起こしたのも今となっては懐かしい思い出だ。その折は、ドロロに手数をかけたものだ。
ドロロはケロロとは違った幼友達で、よく一緒に遊んでいた。
何というか要領が悪くて子供の頃は酷い目にばかりあっていたが、今やアサシントップとは、あの頃には思いもしなかった。
そうそう、夏休みに皆でドイナーカ星へ宝探しに行ったんだ。探していた宝物は見つけられなかったが、それに勝るものを手に入れたぞ。
だが、家の者に内緒で行ったものだから、後で大目玉だった。男ってのは、こーいうところはどうしようもないな。


草々



元・庭先居候からの手紙 その九

前略。

月初めに届くよう手配した手紙もこれを含めて残り2通だ。
俺が一気にしたためるこれらの手紙、それがなぜ10通だったのか、それは最後の手紙にて理由を書こう。
せっかくなので、タママとクルルのことについて書く。そうすれば、小隊全員のことを書いたことになるからな。

タママ二等兵。あいつはケロン軍に入ったばかりだ。俺とはペコポン侵略でケロロ小隊が結成された折に初顔合わせをした。あいつの噂は聞いていたが。噂は噂だ。己の目で見て、物事は確かめるべきだと思う。
あの当時からタママはケロロに憧れを抱いていた。噂の恐ろしさをしみじみと感じたものだ。ケロロの噂ときたらピンきりだからな。

クルルは軍人というより技術兵というか技術屋だ。
クルルと俺は犬猿の仲で、そういう意味でケロン軍では有名だった。これは本当のことだ。今も仲が良いというわけじゃないが、小隊の仲間だからな。もっとも、あいつと殴り合いをするのは小隊内でも俺かケロロぐらいだろう。
クルルは噂の絶えない男で、その大半がろくでもないものだ。あいつの人となりからして、全てが噂にすぎんとは言えないと思う。

だが、夏美。これだけは言える。
言葉や噂は必ずしも真実とは限らん。しかし、その人の行動はその人の真実の一端を表すものだ。

なんだか説教くさいことを書いてしまった。
手紙は、後1通だ。どうか、最後まで付き合ってくれ。


草々



元・庭先居候からの手紙 その十

前略。

この手紙を読んでいるか、夏美?
腹を立てて破かれても、封を切らずに放っておかれても仕方ないが、これが10通目の手紙だ。
月初めに届いていた手紙も、これで最後になる。
なぜ俺が10通の手紙を用意したか、それを打ち明けよう。
小隊から離れ、別部隊に編入できる最大期間が−−ペコポン時間でいうところの10ヶ月なんだ。それ以上になると正式に現在編入している部隊へ所属することになる。つまり、俺はケロロ小隊から外されることになるんだ。
ケロロ小隊に戻れなければ、俺はお前の元に帰ることはできまい。
宇宙法により、俺はお前の記憶から消える。
それは、どうすることもできぬルールだ。

さらばだ、夏美。俺の惚れた女性(ひと)よ。

愛しているとは言わない。この想いは、あまりに俺の一方的なものだから。愛しているではなく、惚れていると言わせてもらう。

お前が記憶を失う前に、それだけは知っていて欲しい。



草々



日向家の庭、それに面したサッシを全開にし、冬樹とケロロは並んで腰掛けている。二人は仲良くおしゃべりをし、さわやかな風と硝煙の臭いを感じていた。硝煙の臭いは一般的ではないかもしれないが、ここ日向家では日常的なものだったりする。
「月初めの恒例行事だよね」
「ギロロもよくやるでありますよ。どーせ勝てないのに」
「そうかな?今日の伍長は何時にも増して気合充分だったけど」
ほんの少し前。ギロロはきっちり装備を身にまとい、薄紅の羽を広げて空へと飛び出したのだ。
それは、月初めの恒例行事。夏美へ届けられるケロン郵政省からの手紙を差出人であるギロロ自身が阻止するというものだ。
そう、ギロロがエルヴァーダへ向う前に用意した10通の手紙だ。
それらは、月初めに1通ずつ届けられるよう手配されていた。
ケロン郵政省は優秀であった。きちんと月初めに夏美の元へ手紙を届けてくれたのだから。

ただひとつだけ問題があるとすれば−−ギロロがエルヴァーダ任務からわずか2ヶ月でケロロ小隊に復帰したことである。

「ククッ。ケロンの法律じゃ、手紙を投函した瞬間から手紙の所有権は差出人から受取人へかわっちまう。既にあの手紙は日向夏美のもんだぜぇ」
手紙争奪戦を見物するため、クルルがノートパソコンを手にリビングへ現れた。ケロンの法律を口にするあたりが、クルルらしいような、そうでないような気がする。
ケロロはクルルを振り返り、小首を傾げた。
「珍しいでありますな。いつもはモニタでみるでありますのに」
「隊長、今日でこのお楽しみも最後だぜ。嫌が上でも盛り上がんなきゃな」
「えー、マジ?残念でありますよ〜」
楽しみなテレビ番組が最終回を迎えるようにケロロは心底、残念そうだ。完全に楽しんでいるケロロ達に冬樹は少し苦笑する。そして首を傾げた。
「でもさ、伍長はあの手紙を姉ちゃんに宛てたんでしょ。今更じゃないかな?」
「冬樹殿。赤ダルマは遠征直前で妙にテンション上がっていたでありますよ。向こうに行ったら手紙なんぞ書けないでありましょう?夜中に10通まとめて書いて、月初めに送る手はずにしたでありますよ」
「夜中に書いたラブレターだ。翌朝、読み直したら恥ずかしさで転げまわるぜぇ。クーックック」
そういうモノだろうか、と冬樹は小首を傾げた。
その分かっていない様子にケロロは苦笑する。
こういうものは一度やったことがないとピンとこないだろう。
「お、始まったぜぇ」
嬉々としたクルルの超えに冬樹とケロロはノートパソコンを覗き込んだ。ぎゅうぎゅうとノートパソコンを囲む一同。
画面の向こうでは、薄紅の羽を広げたギロロが弾丸の勢いでケロン郵政省のエアバイクを追っていた。エアバイクは1台でなく3台あり、互いに連携をしている。
思っていたのとは少し異なる展開に冬樹はクルルを見やった。
「これってどういうことなの、クルル?」
「ククッ。ケロン郵政省も先輩との手紙争奪戦は何回目かだからよ。ケロン郵政省の意地と威信をかけて先輩と勝負してるみてぇだ」
「うわー。向こうも面白がっているでありますな」
「何事も本気でやんなきゃ、楽しめねぇよ」
「しかし、この勝負。ギロロには分が悪いでありますな」
相手が相手だけに、ギロロは間違っても怪我をさせられない。何と言ってもケロン郵政省職員は優秀ではあるが軍人ではないのだから。
それに−−画面にトリコロールカラーのパワードスーツがちらり、と映った。その持ち主は無論、届けられる手紙の受取人・夏美だ。
「真打登場でありますな、ゲロゲロリ」
ギロロの悪あがきが直に終結することを悟って、ケロロは黒く笑い、クルルもいつもの笑いを零す。
そして、ギロロに同情しつつ、冬樹も苦笑したのだった。




<後書き>
この手紙1通目と10通目。特に10通目が謎解きというべき手紙になっていまして。2通目から9通目はだらだらと思い出を語らせています。我ながら内容薄いなぁとは思います。
それと、うちの伍長は愛しているは言わせずに、惚れていると言わせています。愛しているより惚れているの方が、うちの伍長っぽい気がいたしまして。
これは私の趣味なだけです。どうぞ、お許しください。

 


のーばなー
帽子屋と三月兎のお茶会/ダリア 様