10人のギロロ


手渡されたレポートに目を通し終え、ギロロは面を上げた。
軍曹ルームのちゃぶ台を囲んでいるのはギロロ、ケロロ、そしてクルルだ。
あえて、タママは外されている。そして、ドロロは何時も通りに忘れられている?
それは、ここに居られると本作戦に不都合が生じるからだ。とはいえ、そうたいした不都合でもなかったりするが。

ギロロは顔をしかめてケロロとクルルを見やった。
「それで、何で俺なんだ?」
「そりゃー、あーたが起動歩兵だからであります」
「今、欲しいのは戦闘部隊なんでなぁ。タママも考えはしたが、ちょいと危険だからな、あのガキは」
タママは、戦闘にのめり込み易く周囲が見えなくなる傾向がある。この作戦には不向きだ。それ故に、今回のミーティングから外されているのだ。
ギロロもそれは理解できたのだろう、深く頷いた。
ケロロは軽く頭を振った。
「同じ理由でドロロも駄目であります。なんだかんだ言って、あいつペコポン側でありますからな」
ケロン軍にばれないように我輩も、もー大変なんでありますよ、とケロロは続けて愚痴った。だが、ギロロもクルルも聞いてはいない。
彼らの思考は既に作戦の方へ移っていた。
「しかし、この作戦。やばくないか?俺はこいつの二の舞は嫌だぞ」
ギロロはケロロの方へ視線をやる。
「本作戦は隊長がケロボールのコピー機能で増殖したのとは違うぜぇ」
ここでクルルが言っているのは、アニメ一期のケロロが無数に増殖した事件だ。地下基地中にケロロがあふれたあの光景は記憶にあるかと思われる。あの時は、増殖しすぎて本体のケロロが消えかけるという事態に陥ったが、冬樹の機転、レプリカケロボールで助かったのである。
「あん時は、隊長の質量1ケロンを無数に増やしたから、本体が消えかかった。今回は、この世界の先輩の質量に変化はない。他の世界から先輩を10人引っ張ってくるような形だ」
「いわゆるパラレルワールドから助っ人を10人読んでくるのでありますな」
「理屈は分かるが、現実的にそんなことが可能なのか?」
「ククッ。理論構築は出来てる。理論上は可能だ。後は実験のみだぜ」
ぽかん、とケロロとギロロはクルルを見た。
クルルが元少佐であることは知っている。ケロンでも有数の天才だということも。失礼ながら、ペコポン侵略の片手間にこんな発明をやってのけるとは。専門外の二人でもクルルの凄さは分かる。
ぼそぼそとケロロとギロロは話す。
「こいつ、何でこんなところで曹長やっているんだろうな?」
「クルルでありますからな」
「力一杯、納得する。しかし、こいつがこの作戦で10人に増えた方が効果的ではないか?」
「クルルが10人?本気でありますか?」
「悪夢だな」
「1人でも手に負えんでありますからな」
「クーックック。楽しそうなお話で?」
ひきっとケロロとギロロの顔が引きつる。クルルは小さく片をすくめた。自他共に認める嫌な奴だ。この程度の悪口なんぞ気にもしない。
もっとも、後できっちり仕返しを考えているところが、クルルであった。


そして−−ギロロ伍長10人化計画は発動された。


やたら広い地下基地作戦会議室には常より人がいた。それでも、椅子は大量に余っている。会場に比して少ない人数の中、ケロロの熱弁が振るわれている。ケロロはモニタを背に議長席に、モアは司会席へ、そしてクルルとギロロ達は会議室の椅子に座っていた。

そう、ギロロ達。ギロロは10人いた。

あちこちの世界から9人のギロロが引っ張られ、成り行きのようにこの会議に参加している。皆が皆、同じではない。同じギロロでありながら、各々に個性が感じられた。ただ、彼らに共通しているのは、ケロロの演説を冷ややかに見ているところか。どの世界のギロロも、ケロロの場当たり的やる気には痛い目を見せられているらしい。
とはいえ、ケロロの熱弁を止めようとする者はいなかった。生真面目さは、どのギロロも同じらしい。
「−−というわけで、我らに協力して欲しいであります」
いまいち気勢の上がらぬギロロ達にケロロは少々居心地が悪そうにきょときょとと一同を見回した。こっちのギロロはこの雰囲気に気まずそうだった。ただ、クルルだけは何時ものように笑いを零している。
スイッとその1人が手を上げた。
モアが司会よろしく彼に声をかける。
「はい。えっと、2番目のギロロさん」
「何で俺が協力せねばならん?パラレルワールドである以上、この世界と俺の世界は全く連動していないのだろう?」
「え、えっと。そのギロロはギロロであって。協力して欲しいでありますが」
ケロロは予期せぬ反論にしどろもどろに言葉をつないだ。その台詞は説得力がなく、どこぞの政治家を彷彿とさせる。
7番目のギロロが口を出した。
「こちらに利益なく、手を貸せと言っても協力はできんな」
「具体的作戦もないし、起動歩兵ばかりの小隊を2つ作って何がしたいのか分からん」と、4番目のギロロ。
ストレートに無計画さを指摘され、ケロロは顔をこわばらせた。何を言おうと口を開きはするものの、言葉が出ない。
そもそも、このギロロ伍長10人化計画は−−ギロロ伍長を10人揃えるまでしか計画としてまともに立案していなかったのだから仕方ない。また、ギロロ達が協力を拒否することも想定外であった。
こっちのギロロ、便宜上、1番目のギロロにしておこう、1番目のギロロはどうしたものかと自分(?)達を見回した。

5番目のギロロは面白そうに他のギロロ達を見ている。
否、観察しているのか、この事態を面白がっているようだ。一言も口を利かない。

彼とは別に全く口を利かないギロロがいた。9番目のギロロは今にして思うと最初から苛々した様子で、ギロロ達の口論を睨みつけている。彼らの口論が余計、神経に障るらしい。

10番目のギロロも口を利いていなかった。
他のギロロに比べて彼は大人びた雰囲気がある。10人目のギロロもギロロ達を見ていた。2番目と異なり、面白がる感じはない。情報を仕入れるかのように10人目は彼らを見つめていた。

「フン。俺が10人も居ながら腰抜けぞろいとは、な」

黙っていた6番目が口を開いた。皆を見下す台詞に一同は一斉に6番目を見た。6番目のギロロは目つきが鋭く、あの戦闘に特出したギロッペを彷彿とさせる。
ギロロ達は腹を立てる前に、あの7人のギロロ事件を思い出した。
ケロロは面倒なことになったと慌ててクルルを見た。だが、彼は小さく肩をすくめるのみ。
「具体的戦略でもあるのか?」と、8番目。
「武力制圧に決まって−」
「下らん」
6番目の言葉をぶった切ったのは2番目であった。

ジャキッ

6番目が己のビームライフルを2番目に向ける。
「何だと、やろってのか!?」
「面白い!!」
負けじと2番目も同じようにビームライフルを6番目に向けた。
意識せずに出来る条件反射だ。

「きゃー!?ていうか、内輪揉め?」
「ちょっと、ちょっと。二人とも止めるであります」
こんなところで撃ちあいされちゃかなわんとばかり、ケロロがわたわたと騒ぐ。だが、二人はケロロに目も向けない。そんなことしていたら、相手に隙を見せてしまうことになる。
二人はライフルを向け合ったまま怒鳴る。
「「黙れ、ボンクラ!」」
見事にユニゾンしている怒声。台詞も同じなので、別な意味で感心してしまう。

「クルル、どうにかならんのか?」と、1番目のギロロ。
「どうにもなんねーな。パラレルワールドの先輩っても全員が全員同じじゃねぇことはよく分かったが。ここまでバラバラとは、ね」
半ば呆れたように、けれど興味深げにクルルはギロロ達を見る。その面白がる瞳は5番目によく似ていた。

「落ち着きたまえ。同士討ちしたところで戦力を減らすだけだろう。それこそ意味がない」
今までの沈黙を破ったのは10番目だった。
その大人びた雰囲気と貫禄に2番目は銃を納める。そして、6番目も舌打ち込みだが、銃を下ろした。

「意味がない・・・か。いやはや、全くその通りだ」
なぜか3番目はそう言うと、乾いた声で笑った。
意味が分からず、一同は首を傾げた。
だが、3番目のやる気のない雰囲気はしっかりと感じられ、質問する気にもなれない。
話を戻すべく、4番目が言う。
「派手な武力行使は宇宙警察の介入を許すことになるぜ」
「そういう意味では、我らの手段は封じられているも同然だ」と、8番目。
「フン。それで何もしようとしないってわけか、そこの3番目のように」
攻撃的な6番目は、びしっと3番目を指差す。
ビームライフルを使わなかったのは、多少気を使っているためか。
軍人気質のあるギロロ達は、やる気を見せない3番目に多かれ少なかれ苛ついていた。先程の乾いた笑みも含めて。

指摘された3番目は大様に笑った。皆の非難など欠片も気にしていないようである。
「俺以外は、作戦さえまともならば手を貸すだろうよ。だが、俺はパスさせてもらう」
あまりにきっぱりとした拒絶であった。そこに全く譲歩の余地が感じられない。
ギロロ達は言葉を失ってしまった。自分の一面をさらけ出されたようなショックを感じたからだ。別人と思うには、彼らはあまりに似すぎていた。

「何ででありますか?」
ケロロが思わず尋ねた。
仮にギロロ達に同じように聞かれても3番目は笑って答えなかっただろう。3番目はケロロを見た。
その瞳はやる気のなさから、聡明さへと変わる。
「意味がないからだ。最初から、この計画は失敗することを分かっていなくてはいけなかった」
3番目の言葉、その意味を理解する前に−−

ドン!!

地下基地を揺らす衝撃が走った。
それは、ギロロ達をあちこちの世界から引っ張ってきた衝撃にとても似ている。
否、ほぼ同じものであった。


「な、何でありますか、これは?」
歴戦の(?)勘から、はてしなく嫌な予感のするケロロ。じっとりとした嫌な汗は、危険を予知してるためか。
その理由が分からずケロロは周囲を見回した。
ギロロ達も理由が分からず、反射的に各自武装している。モアはオロオロとしており、クルルは自分のノートパソコンに向っていた。おそらく、情報収集しているのだろう。
ただ一人、3番目だけは落ち着いていた。3番目は扉の方を見ていた。まるで、誰かを待つように。

−−そして、扉は開かれた。

反射的にライフルを向けたギロロ達だが、即、銃口を下ろす。
そこに居たのは9人のケロロと9人の夏美であった。
「ギロロ〜、無事でありますか?」
「良かった、ギロロ」
9人のケロロと9人の夏美が当然のように各自のギロロの元へ駆け寄り、無事を確認する。その騒々しいながら、和やかな雰囲気にこっちのケロロ達は呆気に取られてしまった。感動の再会というノリに口をはさめない。
「これは一体、どういうことだ?」と、1番目のギロロ。
「あちこちから隊長と日向夏美がここに送り込まれたみてぇだ。ぜ」
ノートパソコンに向ったままのクルルが答えた。
「何でそんなことするでありますか!?」
3番目のギロロがケロロ達の傍に寄った。
「あちこちから俺を引っ張ったんだろ?あちこちから見れば、俺が突然消えたようなもんなんだ。反対の立場だったら、お前達も同じ事をしたんじゃないか?」
「あ・・・」
ケロロは思わず声を上げた。
そして、3番目は1番目のギロロを見て困ったように苦笑する。
「あんだけ俺が居て、それに気付くのが俺しかいないってのは問題じゃないのか」
「悪かったな!!」
状況分析の甘さを指摘され、1番目のギロロは大いにむくれる。加えて、指摘したのがパラレルワールドとはいえ自分というのが余計、腹立たしい。
3番目のギロロは違う、違うというようにパタパタと自分の顔の前で手を振った。
「そうじゃなくて、だ。もうちょい、自信持っていいというか、自惚れていいんじゃないかってこと、だ」
訳が分からないと首を傾げる1番目のギロロ。
3番目はくすりと笑い、1番目を小突いた。
「ケロロだけでなく夏美も迎えに来た意味を考えてみろよ」

 


のーばなー
帽子屋と三月兎のお茶会/ダリア 様