> いともたやすく行われるえげつない女装(こうい)。
その日。
久々にエトリアへ帰還したさばみそギルドの面子が目にしたのは、両手を広げた程の大きさはある竹で編まれたつづらであった。
「…………何だってんだろうな、コレ」
腕組みをしてシグは暫く考える。
宿のフロアマネージャーと伝え聞く男より 「さばみそギルドさん宛に荷物が届いておりまして」 と手渡されたそれには送り主の名前がない。
恐らく、運んでいる最中に失われてしまったか、名前を知られては不都合がある依頼人からの荷物なのだろう。
以前、迷宮の中にある得体の知れない荷物を不用意に開け、手痛い奇襲を受けていたシグは宿の荷物を開ける事にさえ慎重になっていた。
とはいえ、元来好奇心の強い男である。
目の前に置かれた荷物、その中身に対しての興味は大きい。
「さて、どうするかな……」
一人考えあぐねている所。
「なー、シグ! 少し休んだら、酒場のおねーさんの顔でも見に行こうぜっ!」
そう言いながら、勢いよく宿の扉が開かれる。
振り返ればそこには、ギルドの仲間であるダークハンター……シェヴァの姿があった。
「あれッ、どうしたんだよシグ。珍しく真剣に考え事なんてして……そういう真面目な顔、リーダーにゃ似合わないと思うけどなぁ」
「お前、それどういう意味だ!?」
「そのままの意味に決まってるだろ?」
シェヴァはそう言いながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「全く、失敬なヤツだなお前はさ……せっかく人が真剣に考えているってのによォ」
「だから、そういうのが似合わないってんだよ……大体、何真面目くさって考えてんだよ?」
「……いや、実は知らない荷物がおいてあってな」
シグはそう言いながら、大きなつづらの蓋をポンと軽く叩く。
「ほら、このツヅラなんだが、お前、見覚えあるか?」
シェヴァは片手で転がすリンゴを一口囓ると、興味深そうにそれをのぞき込んだ。
「ツヅラ? あぁ、竹カゴで編まれた鞄の事か……知らないよ、俺は手荷物持たない主義だし。 まぁ、こういうご大層な荷物は、シュンスケのモンじゃないのかな。アイツ、書物やら触媒やらをゴテゴテと持ち込むのが仕事みたいな所があるから……で、中身は何だったのさ?」
「いや、流石に誰のモノかも解らない荷物を開けるのはマズイと思ってさ。まだ見てないんだけどよ……」
シェヴァはリンゴを、もう一口囓る。
「あ、そ……まぁ、シュンスケの荷物なら俺のモノ同然だし……という訳で、おーぷん!」
かと思うと、シグが止める間もなくつづらの蓋に手をやりそれを開く。
「コラっ、シェヴァ。後でシュンスケに氷結されても知らねぇぞ!」
そう窘めつつも、シグも箱の中身には興味があったのだろう。
開けたつづらを閉めるような真似はせず、シェヴァに列んでそれを覗き込む。
その中に入っていたものは……。
「……何だこれは?」
「……さぁ?」
つづらはシュンスケの持ち物である。
そう、予測していた二人の予想を僅かに超越したモノ……。
赤や、桃色や、水色。
花や金魚などをモチーフにした柄の、薄手の着物たちだった。
「……ペラッペラの薄手の布かぁ。見た所、着物みたいだけど……シュンスケの趣味にしては、ちょっと可愛すぎるよな?」
シェヴァはそう言いながら、そのうちの一つを手にとる。
水色の爽やかな着物は、小川のせせらぎをイメージしているのだろう。
数多に散りばめられた紅色の魚が悠々と泳ぐように描かれている。
「デザインは愛らしいんだが……シュンスケがこれを着ていたら、公共良俗に反すると執政院に取り押さえられる事請け合いだな!」
苦笑いを浮かべながら呟くシグを隣に、シェヴァも幾度か頷いて見せる。
「あぁ、俺だったら見た瞬間、ジ・エンド飛ばすね! ……でも、いくらシュンスケが少し変わってるって言っても、いくらなんでもコレは着ないでしょ」
シェヴァはそう言いながら、着物を一つ自分に当ててみる。
あまり大きなサイズではないのだろう、会わせた着物は、小柄なシェヴァにぴったりの大きさだった。
「シュンスケが女装趣味があるなんて、長く一緒に旅してた俺でも聞いたコトないし……それに、これ。ほら、見てくれよ。俺が着て丁度良いくらいの大きさだ。俺より背の高ぇシュンスケが着るには、ちょっと大きすぎると思うんだよね」
「……そうだな、アイツが自分で着るようには思えないな」
「だろっ、だとしたら何だろ、コレ」
「そうだな……自分で着ない、女物の着物となると、これはやっぱり……プレゼントとかじゃ、ないのか?」
シグの推理を聞いて、シェヴァはすぐに不機嫌そうに頬を膨らます。
「プレゼントだってッ……シュンスケ、俺にだってモノなんて滅多にくれねぇよ! 誰に! 誰にだってんだよ!」
「舎弟のお前を餌付けする必要ないだろ……そりゃ、エトリアには魅力的な女性が多いからな……シリカとか……ほら、アイツ、褐色の子は好きだって前に言ってただろ」
酒場での戯言を思い出しながらのシグの言葉を、シェヴァは首を全力で二度、三度振って否定する。
「ちっがぅ! シュンスケは、確かに褐色の子が好きだって言うけど……別にボクっこ萌えじゃないし、黒髪好きじゃないから! だから、シリカちゃんはきっと好みじゃないよッ!」
「そうか? まあ、シリカじゃないとすると……後は、金鹿の酒場のマスターとかも、魅力的だよな」
「ないないなーい、それも無いッ! シュンスケは、年上風のおねーさんより、年下のほっとけないタイプが好きだから、マスターは好みじゃないよッ!」
シグの言葉を、再びシェヴァは全力で否定する。
「あぁ、そっか……それじゃ、シュンスケの好みは、褐色で黒髪じゃなく、年下でほっとけない危なっかしいタイプ、という訳か」
「そう、そう……むしろそっちの方が、シュンスケは好きだと思うんだ!」
「なるほどな。つまり、それらを総合して考え、シュンスケの好みに最も合致しているヤツは……」
シグは少し笑うと、半ば強引にシェヴァの肩を掴む。
そして。
「 お 前 だ な ! 」
力強い声で、そう高らかに宣言をした。
「えぇえぇぇえ、な。な、何言っちゃってんのっ、俺っ……こう見えても男だからッ!」
「女装趣味のないシュンスケだが……女顔で小柄のお前を女装させたい欲求はあるかもしれないだろ?」
「あ、ある訳無ぇだろ、そんなもの!」
「ま……俺が総合的に考えた結果、この衣装は将来的にはお前のモノになるよーだし……ここは一つ。お前、コレ着てみて、あいつの事まっててやればいいんじゃないか。きっとアイツ、喜ぶぜ!」
「いやだーッ、そんな風に喜ばすのなんて、ゴメンだ! こら、リーダー! 無理に服ひっぱんなっ、やめろー!」
「いーじゃねぇーか、減るもんじゃなーし! コラ、暴れるなッ、こいつ……」
そんなやりとりの後、部屋を逃げ回るシェヴァを捕まえ、半ば強引に浴衣を着せようとシグが目論んでいた、ちょうどその頃。
宿の廊下を歩く、二つの人影があった。
「やっぱり、見あたらないみたいだね、荷物」
そう呟き廊下を進むのは、さばみそギルドの前線を支えるアイラ。
「……はい、せっかく実家から届けてくれたみたいなんですけど」
うつむきながらそう語るのは、後衛で癒しを与えるさばみそギルドの良心、メディックのリンである。
「ボクが昔着ていた浴衣を、大きなつづらに入れて、エトリアにおくった……そんな手紙は届いてたんですけど、どうやら荷物は別になってしまったみたいなんですよね」
リンはそう呟きながら、アイラに続いて廊下を進む。
目的地は、さばみそギルドに所属する他の冒険者の部屋……つまり、シグやシェヴァが居る部屋になる。
「もー、そんな落ちこんだ顔しないで、リンちゃん! 私たちの部屋になければ、男どもの部屋に間違って届いているのよ」
「だと、いいんですけど……心配だな、お気に入りの金魚の浴衣、送ったって言ってたから」
リンは思い出の浴衣が無くなってしまったのではないか。
そればっかりが気にかかるのだろう、アイラの励ましにも表情は落ち込んだままだった。
「大丈夫だってば、もし男の部屋になかったら、エトリア中駆け回ってでも私が見つけるんだから!」
アイラはそう息巻くと、リンも僅かに笑顔になる。
「ありがとうございます、アイラさん……でも、ボク、アイラさんに払う報酬がないですよ?」
「いーのいーの、リンちゃんの浴衣を着せてもらえれば! っと、とにかく、男どもの部屋に何か届いてないか、確認しないとね!」
アイラはそう言いながら、フロアマネージャーより聞いた部屋の前へとたどり着く。
「ここね……よし! シグっ、シーグー。居るっ? ちょっとききたい事があるんだけどっ!」
隣の部屋にも聞こえる程の声で語りながら、森の破壊者をも仕留める程の勢いでドアを叩いて様子をうかがう。
だが、返事はない。
「誰も居ないんですかね……」
「酒場にでも行っちゃったのかな、あいつら……」
アイラはドアに耳をつけ、中の様子をうかがう。
中からは、会話の内容までは聞き取れないものの、二人の男が何か厳しい口調でやりとりをする声が微かにだが聞こえた。
「でも、中に人が居る気配がするよ……?」
「え……まさか、居留守ですか?」
「えー、何で私に居留守なんてつかうのよッ。もー……。こら、シグ。この私に対して居留守とは、どういう了見よっ! もー、そんな真似すると、森の破壊者が断末魔をあげる暇もなく倒れたように、アンタも軽くぶちまけるからね!」
そんなアイラのキツイ脅し文句も聞かず、相変わらず人が出迎える気配はない。
「誰も出てきませんね……忙しいんでしょうか?」
「ぷっちーんときたよ! もー、馬鹿シグ! あっけなさーい!」
あまりに誰も出て来ない事に対してしびれを切らしたアイラは、少し強めにドアを叩く。
その拍子に、元々たてつけがあまり良くない扉の鍵は簡単に開いてしまった。
「あっれー、開いたっぽいよ、リンちゃん」
「アイラさんっ……壊しちゃったんじゃ、ないですよね?」
「えっと……この扉は、今日壊れる運命だったんだよ、うん! という訳で……おっじゃまーしまーす!」
扉を開けたら入りたくなる冒険者であるアイラとリンは室内の様子をうかがいながらゆっくりと部屋に入る。
そんな二人が見たモノは……。
「全く、ちょこまかと逃げやがって……大人しく服を脱げって言ってるんだよッ!」
そう言いながら、シェヴァをベッドに押し倒すシグの姿と。
「嫌だッ……こんな無理矢理にされるの、俺っ、嫌だよぅ! 勘弁してくれ、リーダー、もぅっ……や、め……」
その拘束から必死に逃れようとするものの、されるがままベッドに沈められるシェヴァの姿だった。
「……えっ、と」
「……あ、れ?」
熟練の冒険者であるが、まだ乙女であるアイラとリンの二人は、思わず硬直する。
そんな二人の様子に気付いたシグは、顔を上げ、笑顔を向けると。
「あ、アイラにリン、良くきたな、ちょっとコイツ脱がすの、手伝ってくれねぇか?」
さらりと、そんな提案をした。
「な、な、何言ってンのよシグっ、どうして私がアンタの、エロ行為の手伝いなんかしなきゃいけないのよッ!」
「えろ……何言ってんだ、アイラ。俺はただ……」
「ふぇっ……非道いですっ、シグさん不潔ですッ!」
「ん……何の事だよ?」
アイラとリン、二人が困惑している理由が、シグには解っていないようだったが。
「だぁっ……痛ぇ、痛ぇ痛ぇ、痛ぇよリーダー! そんな強く握ると、本気で腕が折れちまうって!」
自分の下にあるシェヴァの悲痛な叫びで、流石にやりすぎている事には気付いたのだろう。
「あ……悪ぃ悪ぃ。ふざけてたら、少しやりすぎたな……」
苦笑いを浮かべながら、ようやくシェヴァの拘束をとく。
「いたたた……ホント、やりすぎだよッ。普段モンスターにやっている封じ技を、まさかリーダーに決められるとは思わなかったっての!」
「あー、だから悪かったって。ほら、俺が誠心誠意謝ってるんだから許せ」
「その態度の何処が誠心誠意だ!」
そんな二人のやりとりを呆れた様子で、アイラは眺める。
「で……シグ、シェヴァさんに何をしたくて、こんな無体を強いていた訳よ? 身体鍛えていたって訳でもなさそうだし……まさか、貴方そういう趣味?」
「なっ……ち、違ぇーよ、シュンスケじゃあるまいし、どうして俺がコイツに熱烈な興味を持たなきゃいけねぇんだ! 実は、部屋に見慣れない荷物が届いてて、その中に着物が入っていてな……」
シグはそう言いながら、部屋の片隅に置かれたつづらの蓋を軽く叩く。
それを見た瞬間、リンの不安げな表情が一気に色づき輝き始めた。
「あ……ありました、ボクの浴衣! コレですこれです、ボクが探していた荷物!」
そして嬉しそうにその傍らに腰掛けると、つづらを開けて中の浴衣一枚一枚を懐かしむように眺める。
「あ……あった、ボクのお気に入りの金魚の浴衣! あ、これ、朝顔もある。嬉しいなぁ……」
「ん……何だ、その荷物。シュンスケのじゃなく、リンちゃんのか」
「はいッ、ボクの荷物です! えへへ、探していたんだぁ……これ、ボクが昔着ていた浴衣なんですよ! 実家の母が、エトリアにボクがいるってきいて、送ってきてくれたんです!」
リンの言葉に、シグとシェヴァとは顔を見合わせ頷きあう。
「なるほど、確かにリンになら似合いそうだな」
「うん、シュンスケの荷物にしちゃ、ヘンだなぁと思ったんだよね……大体、シュンスケがプレゼントとして買ったにしても、センス良すぎるもん」
「言えてるな、アイツなら干したサルの手も御利益があるからと平気で渡しそうだ」
そして、嬉しそうに浴衣を眺めるリンの隣に並ぶと、特に愛らしい浴衣を一つ指さしながらシェヴァは笑う。
「でも、非道ぇなぁ、シグはさー。これ、リンちゃんのって事は、女物だろ! それを俺に着せようとしたんだぜ、な。コイツ非道いだろ!」
周囲の女性陣に、同意を求める為に放った言葉だった。
だがその言葉は。
「……着てみますか?」
リンの、思わぬ切り返しにあう。
「え……な、何言ってんだよ、リンちゃん。あの、それ……女物だろ?」
「そうですけど……多分、ボクとシェヴァさんはあんまり身長変わらないみたいだし、着られますよ?」
「いやいやいや、遠慮しておくよ、だってそれは……」
女性の着る浴衣なら、女性が着るべきである。
そう思い当然の拒否をしたつもりだったが。
「着ればいいじゃない!」
可愛い子には可愛い服を着させたくなる。
そんな病にかかって久しいアイラを前にして、すでにシェヴァに拒否権は存在しなかった。
「シェヴァさんだったら、きっと……似合うと思うよ、ゆ・か・た!」
「いや、あの、だから……着ないよ、俺? そんな……」
「拒否権はないわ、質問はすでに、実行に変わってるのよッ……シグ!」
「……何だよ?」
「手伝って、くれるわよね?」
さばみそギルドで一番の破壊力を誇る斧使い、アイラ様直々の上申。
断る事で惨劇が起こる事を、リーダーでありアイラとの付き合いが最も長い男であるシグは、良く、理解していた。
「了解。悪いな、シェヴァ」
「あ……何するんだよッ、シグ! ふっざけんな、俺女装なんてしねぇ……ぞっ……」
「……悪い、シェヴァ……エトリアの平和の為、諦めてくれ」
「そんな、そんな……あぁあぁあぁ!」
その言葉が、その日。
男の姿をしたシェヴァの放った、最後の言葉であった。
数時間後。
エトリアの街で、荷物袋を片手に街を歩くシュンスケトの姿があった。
「アリアドネの糸、よし……アムリタ、良し。買い忘れはないな……」
呟きながらしきりに荷物を確認しながら宿への道を進む。
そんなシュンスケの背後から。
「シュンスケぇ、シュンスケー」
聞き覚えのある声が、する。
男にしてはやや高い、まだ幼さの残るこの声は、自分の仲間であるシェヴァの声に違いないだろう。
「何だ、シェヴァか……ちょうどいい所に来てくれたな。荷物が思ったよりかさばってしまい、難儀な思いをしていた所だ。少し持ってくれないか……」
普段と変わらぬ男の声に、普段と変わらぬ調子で返しくるりと後ろを振り返る。
だが、どういう事だろう。
確かに聞き覚えのある、仲間の声がしたのだが振り返ってもそこに、仲間の姿はない。
あるのは、艶やかな金魚模様の浴衣を身にまとった一人の少女の姿だった。
短い髪は半ば強引に結い上げられ、羽の髪飾りで止められている。
シェヴァの声がした気がしたが、気のせいだったのだろう。
シュンスケは一人そう思い、元の道を進むため振り返ろうとする。
「ちょ、シュンスケ。俺、ここ。ここに居るから!」
そんなシュンスケを、再度知った声が止める。
改めて振り返っても、相変わらずそこに居るのは浴衣姿の少女だけ、だが……。
シュンスケは呼吸を整え、改めて少女を観察する。
褐色の肌に、新雪のように輝く髪。
じっとこちらを見据える金色の瞳は間違いない……自分の知る、相棒の姿。シェヴァの姿だ。
浴衣で髪を結い上げている為、別人に見えたがどうやら目の前に居るこの少女と思われた人物が、自分の見知った相棒らしい。
「……お前、何だその格好は?」
呆れて荷物を取り落としそうになるのをこらえつつ、問いかければ。
「アイラに言われてっ……無理矢理……浴衣とか着せられっ……う、う、う……」
「そうか……頭もか?」
「リンちゃんが、せっかく浴衣着るなら髪も結い上げなきゃいけませんよ、って……無理矢理っ……う、う、う……」
どうやら、ギルドの女性たちに玩具にされてきたらしい。
シェヴァは元々、女性的である故に彼女たちにとって格好の遊び相手なのだ。
「……それで、何で俺の所に、そんな格好で?」
「俺だって、こんな格好で外に出たくなかったよ。でも、皆が、せっかくなら、シュンスケにも見てもらいなよ、って言い出して……俺、イヤだって言ったんだけど、シュンスケに浴衣姿をご披露するまで帰ってくんな、って言われて。それで……うううう」
女性陣の格好の玩具は、どうやら今日は随分と非道い扱いを受けたらしい。
「そうか、災難だったな」
呆れ半分、失笑半分で言えば。
「ほんとだよっ、しかも今日に限ってシュンスケと入れ違いになって、結構歩いちゃったし……もー、足が痛くなったんだからな!」
シェヴァは怒りを露わにしながら、片足で立って足をぶらぶらと揺らす。
その足には、高下駄が履かれていた。
なれない靴でろくに舗装もされてない裏路地を歩いていたのだ、さぞ辛い思いをしただろう。
「とにかく、シュンスケ! 一緒に帰るぞっ、お前つれていかないと、俺はこれが脱げないんだからな!」
とにかく、一刻も早く浴衣を脱ぎたいのだろう。
シェヴァは半ば強引に、シュンスケの手を握るとそれを引いて走ろうとする。
だが、慣れない靴。
しかも、下駄という未知の履き物では思うように歩けないのだろう。
「うあ、あ、あああっ!」
右へ左へ、振り子のように揺れたかと思うと。
「ぎゃぁ!」
軽い悲鳴をあげ、その場でぺたりと尻餅をついた。
「ううう、これでもう5回目だ、くそー……いたたたたた」
普段なら誰より早く走り出しモンスターを翻弄するシェヴァでも、動きにくい服に動きにくい靴を履かされれば転倒もするのだろう。
見れば身体には転んで出来たと思われる擦り傷が幾つか見られた。
「やれやれ、仕方ない奴だな……」
ここまで、自分を捜して歩き回ったのだ。
罰ゲームにしたって、もう充分だろう。
シュンスケは内心、そう呟くと荷物を背中に担ぎ両手を開けると……その手で、シェヴァの身体を抱きかかえてやった。
「うぁっ……あ……シュンスケ?」
急に視界が開けた事に、シェヴァは驚き戸惑うが。
「……俺が抱きかかえて連れて帰ってやる。これで、あいつらも文句は言わないだろう?」
「えっ、でも、シュンスケ、荷物重いだろ、それに俺まで抱えたんじゃ……大変じゃないか!」
「確かに俺は脆弱だ。だが、お前が思っている程貧弱ではないつもりだぞ?」
「でも……」
「それとも、俺の抱擁では不服か?」
相棒に、そこまで言われれば断らない理由もないのだろう。
「ううん、そんな事ないよ……ありがと、シュンスケ!」
シュンスケの腕の中で、シェヴァはとびっきりの笑顔をみせる。
全ては世界樹の迷宮。
それに挑む事により、常に生命の危険と隣り合わせでいる冒険者達が、ほんの僅かに安らげる瞬間。
そんな休日での一幕であった。