>  真の探究者






 ――学院、始まって以来の天才。


 シュンスケ・ルディックの名を語る者、その多くは彼の名を語る前にその一文を付け足した。


 人並み外れた頭脳と、人並み外れた資質。

 誰もがシュンスケ・ルディックはそれを持ち合わせていると思ったし、実際。

 人よりほんの少しだけ考えようとする頭脳と、人よりほんの少しだけ努力しようと思う気持ちを継続して持ち続ける事が天才の所作と言うのであれば、彼はやはり天才だったのだろう。


 誰よりも早く学院に赴き、誰より遅くまで方程式と向き合う。

 彼は、学院の古びた机にかじりつき、羊皮紙とペンだけで世界の摂理に迫ろうとするタイプの学士であった。


 多くの観察と、計算と、シミュレーション。

 それを繰り返す事で世の理に触れる事が出来ると思っていたし、実際にそうだったのだろう。


 彼は数多のインクを使う事で、世の理その多くを説明する事だけの頭脳と実績とを持っていた。



 だが、そんな彼を学院は利用こそすれ歓迎はしなかった。

 彼がかき上げた論文、その多くは他の誰かが書いたモノとなっていたし、また彼が表舞台に立つ事も無かったのだ。


 彼が冷遇されていた理由は、大きく分けて二つ。


 一つは、東方出身を意味するシュンスケ・ルディックの名。

 もう一つは、一般市民という教養をもたない身分からの出自であるという事実だった。



 シュンスケ・ルディック。

 その名が示す通り、彼は、元来魔術の適正がないとされる東方から来た商人の混血児である。

 そして、両親は学院で教鞭をとる人間たちとは縁もゆかりもない、一般市民の者でもあった。



 勉学を司る神聖な場。

 そう呼ばれる学院だが、内情は家柄と血との軋轢に満ちた戦場だったのだ。



 純粋な魔術師としての血族ではない。

 それどころか、魔術師としてのも持たない。


 そんなどこの馬の骨とも知れぬ人間が、世の理に触れる事などはたして出来るのだろうか。



 魔術師の血を尊ぶ人間の多くは、彼が天才であるという事実は認めながらもその血を蔑んだ。



 たかが一般人が、ろくな書物も持たないくせに今更、学を身につけた所で何をするというのだ。

 一般市民が学士を名乗るなんて、烏滸がましいにも程があるだろう。



 家柄を尊ぶ多くの人間は、彼の才知を認めながらも出自は拒んだ。

 それらの考えが、学院では当たり前に蔓延っていたのだ。



 「キミは優れているが、東方の血があっては、魔術は――危険すぎて扱えないだろうな」



 実演を行えば、事あるごとに言われた。



 「未だかって、一般市民の学士など例がない――今回の昇進は、見送ろう」



 進学を志すたびに、そう告げられた。



 「だいたい、その血が混じっていては魔力の制御が出来まい、暴走などして学生に何かあったら――」

 「教鞭をとるにも、血が」

 「家柄が、必要なのだよ、わかるね?」




 結局の所、教鞭を執る連中その殆どは自分の立場を守りたかったのである。


 それでも彼が学院に居たのは他でもない。

 学院に居る事が、最も効率よく世の理に近づける、その結論に達していたからだ。



 立場はどうでもいい。

 蔑まれるのなら、それでもいい。


 大事なのは、結論に至るかどうか。

 誰が至るか、はさして重要ではない、出来るかどうかが重要なのだ。



 そんな考えを持つ彼だったから、ただの学徒という身分でありながらも、学院には有り続けた。

 利用されていても。

 蔑まれていても。



 彼はただ、純粋に、世界の理に近づきたかったのである。

 だが。



 「ふざけるな、シュンスケ……お前、俺の……俺の立場が欲しいんだな!」



 普段と変わらぬように振る舞っていたつもりだった、だがその日、その男はシュンスケに向かいそんな言葉を吐いた。


 そう宣ったのは、学院では将来を有望されている男。

 男の論文に、決定的な間違いを見つけた為、それを指摘した時の事だった。



 そんなつもりはなかった。

 だが、そう思われた後の、学院の対応は早かった。



 問題をおこした学徒は三ヶ月の停学。

 停学とは名ばかりで、実際はその間に学院を去れ、という事である。



 「…………机上で論じるのは、限界か」



 停学を申しつけられたその日、彼はすぐに学院を去る事を決めた。

 出て行けと言われた場所に長くしがみつく為、知恵を絞るより他の事に頭を使った方がはるかに効率がいいと、計算したからである。


 学院は、彼に幾ばくかの金を渡し、代わりに彼が残した論文を奪っていったが、それはもうどうでも良くなっていた。


 その時のシュンスケにとって口惜しいのは、学院を追われた事ではなく。

 この世界の真理に迫る方法、その一つを失ってしまった事だったのだ。



 「――行くか。フィールドワークも悪くない。」



 彼が旅に出る決意をするまで、そう時間はかからなかった。

 机上で世界の真理に迫る事が出来ないのであれば、外に出るべきだろう。


 自分を受け入れてくれる学院もあるだろうが、下手にしがらみを気にするなら。

 いっそ身軽に、自分が知りたい事、見たいモノを見てそこから真理の計算をしていく方がいい。


 そうすれば、もう誰にも邪魔はされない。

 好きな時、好きなだけ、世界の真理と対話が出来る。


 僅かな荷物と、金とを持ち、男は一人歩き出す。

 誰にも邪魔されず、自分の求める真理を得る為に――。


 彼が、真理の探究。

 その名目で、世界樹の迷宮に向かうのはもう暫く先の事になる。




そんなシュンスケさんがショタっこを拾うのも、もう少し先の話になる。