>> 汝、人獣なるや






 やぁ久しぶりだねと笑ったワグナスの顔は、その内面を語らず相変わらず美しかった。


 「遠慮はなしに座ってくれよダンターグ、久しぶりに仲間が集まったのだからな」


 何処から誂えたのか、アンティーク調の家具に包まれたその部屋は、古の頃彼自身の趣味と同等だ。

 だがこの優美な家具に、どうやって魔物らを取り込み肥大するこの身体をおさめればいいと言うのだろうか。


 見た目は……。

 人としての姿を保てるよう、力を抑えて変化はしてある今の俺は、この世界の人間たちと概ね同じ姿をしていた。


 だが喰らった魔物の業が内面に渦巻いている事には代わりがない。


 「何、立ち話でいいさ」


 ぶっきらぼうにそう言えば、ワグナスもそれ以上俺に席を勧める事はなかった。

 だが、俺を立たせたままで自分が座る事には抵抗を覚えたのだろう。

 彼もまた立ったたまま俺と向き合い、普段と変わらぬ様子で話す。


 「しかし、七英雄と呼ばれた我らも……この大陸に再び姿を現せば、どうにも。同じ目的を共有する事は出来ぬようだな」


 他愛もない話しを幾つか交わした後、ワグナスは声を潜めながら語る。


 「……クジンシーの奴は昔からお世辞にも好かれてはいなかった小物だ。これを機会に世界征服など、低俗な君主論を掲げて行う事も容易に想像出来たが……あのボクオーンまで小銭稼ぎに繰り出す始末だ。全く、嘆かわしい事だと思わないか。ダンターグ」


 嘆かわしいという割に、その口振りに悲観的なものはない。

 さして知恵の回りがよくないクジンシーの暴走も。

 ボクオーンの工作も、ワグナスにとってはすべて計算通り、予定通りの事だったのだろう。


 「何にせよ、俺には関係ない事だな」


 気のない素振りを見せながら、俺はテーブルに置かれた果実を乱暴に口に含む。


 ……吐き気を覚える程に水っぽい。

 長く獣を喰らい続けた俺にはもう、果実を楽しむ味覚は残されていないようだ。


 「クジンシーがガキの理論を振り回してようが、ボクオーンが狡い方法で金をかき集めようが……俺にとってはどうでもいい。奴らが俺の前に立ち、俺を殺すと向かって来たんなら興味も出るけどな」


 俺は無意識に笑う。


 あやかしの剣から命を喰らうクジンシーの妙技・ソウルスティールから。

 あるいは人も魔も自在に操るボクオーンのマリオネットから、いかにして勝ちを奪うか。


 高鳴る血を抑えるのに必死で笑顔までの自制は出来なかったからだ。


 「そうか……変わらぬな君は」


 ワグナスは笑う。

 だがその笑顔の下に考える事までは読みとれない……コイツは昔からこういう男だったか。


 「話がそれだけなら俺は帰るぜ? ……元々、議論めいた事は好きじゃねぇからな」


 振り返りねぐらへ足を向ける。


 「ダンターグ」


 そんな俺の背中に、ワグナスは言葉をかけた。


 「我らの悲願は古代人の抹殺……我らを騙し、裏切り、そして永劫に続くとも思われる闇へと落とした奴らを棺桶に運ぶ事……ノエルもロックブーケも、我が従兄弟スービエも、同じ目的で動いている……」


 俺の脳裏にあの日の事が。

 奴らの手で世界から追放されたあの日の事が、鮮明に思い出される。


 「貴様はどうだダンターグ、貴様は……古代人抹殺の為に動かぬか。貴様の爪を! 牙を! かつて我らを追放した連中の血肉を引き裂き、その喉笛に突き立てる為……そう、復讐の為に動いてみる気はないか?」


 あの日。

 俺たちを追放したあの日、奴らは笑っていた。


 これでもう恐れるものはないと……ただ、笑っていたのだ。

 侮蔑と嘲笑の目をもって。


 だが……同時に俺の脳裏に、赤い衣服に身を包んだ幼い少女の笑顔が一瞬浮かび弾けて消えた。


 彼女も笑っていたではないかあの日。

 無垢な目でただ、純粋な尊敬のまなざしで。


 「返答が必要かワグナス?」


 俺は自らの拳を、男の眼前へ向ける。


 「俺の前に敵として立てば敵として全力で屠る。ただそれだけ……俺はただ、それだけの生き物だ」

 「そう、か……」


 ワグナスは少し俯き考える。


 「変わってないのだな、君は」

 「…………あぁ、そうだ。変わんねぇよ俺は、今でも昔でもあの時に何があってもな」

 「ふむ……ならば結構。君は君らしく力をつけていてくれたまえ。私はまた奴らが君の、敵として立つよう工夫するとしよう」

 「ご苦労なこった」

 「うむ、君が不器用である故に色々と苦労がある……古代人の探索もする。君の敵になるような工作もやる。他の奴らと足並みを揃える……全てやらなければならない。なかなか難儀な仕事だよ」


 ワグナスは不適に笑う。

 古代人の居場所を暴く事も、俺の前に敵として立たせる事も雑作もない事だと思っているのだろう。


 「せいぜい頑張る事だな、リーダー」


 俺はそのまま、奴の部屋を後にする。


 「やれやれ……ただ荒れ狂うだけの化け物だと思っていたが。本質か、それとも獣を喰らう事で露見した性質か……優しいケダモノがいたものだ。奴の暴走もボクオーンのこざかしさも想定内だが……君ががこんなにも優しいケダモノだというのは、少々予定外だったよ」


 残されたワグナスは一人、そんな事を呟いていた。


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 荒れ野を走り、ねぐらに戻る。

 俺の脳裏に浮かんだのはあの時の少女だった。


 爪も、牙も。

 最早人を越えようとする俺の姿を怯えて見る少女は。


 「七英雄さんだよね。私たちを守ってくれるんだよね」


 声に混じった言葉は尊敬より恐怖が多かっただろう。

 震える声で俺はもうその時、七英雄はただ恐怖されるだけのモノになっていたのだという事を、漠然と感じていた。


 怯える少女を一言で安心させるような洒落た文句も解らずただ。

 頭を掻いて笑いながら、俺は必死で考えた。


 ワグナスであれば気の利いた言葉でもかけてやるのだろうか……。

 ノエルであれば跪き笑って、彼女を淑女として扱うのだろうか……。

 あるいはロックブーケであればただ笑顔一つで彼女を安心させていただのだろう。


 だが生憎、俺はどれでもない。

 人より獣にほど近いただ、乱暴なだけの荒くれ者だ。


 「んー、そうだ。な」


 気の利いた言葉も思いつかなくて、俺は素直に今の気持ちを話す。


 「お嬢ちゃんが俺の前に武器を持ち立つってぇんなら、俺の敵だ容赦はしねぇ。全力でお嬢ちゃんの相手をさせてもらう」

 「え、えぇぇえ……」

 「だがなお嬢ちゃん。俺の後ろに居るってんなら、別に俺は何もしねぇさ……そう、俺の後ろに居るのなら、俺はお前を全力で守る」

 「ほんと、ほんとっ!?」


 「あぁ……俺はそういう生き方しか出来ないからな」


 怯えてばかりの少女の表情が、柔らかな笑顔に変わる。


 「だったらオアイーブは、ダンターグ様の後ろに立つわ! これなら守って貰えるものね?」


 その時の笑顔は今でも、俺の脳裏に焼き付いていた。






 <このイケメンダンターグさんなら掘られてもいい。とは思わない>