>> 彼は蛮行に癒される
物腰が柔らかく、礼儀正しい男……。
私の本質を何も知らない人から見た私は、きっとそのように映る事でしょう。
普段から品位ある仮面で本性を隠し、穏やかなように振る舞うのはその方が都合がいいから。
いざ「穢れ」と認めた相手には氷のように冷酷になり、その血を、肉を、骨や髪の毛すらも残らないほどにすりつぶし肉塊へと変貌させる姿を見て、皆は私を恐ろしい狩人だと。
獣のように冷酷なひどい加虐者だと……サディストだと認識する事も、少なくはないのでしょう。
実のところをいうと、それは私もわかっているのです。
「師の教え」に準じて血族を……。
人とそれほど大差ない外見の血族たちを相手に、何ら躊躇いなく石槌を振るい骨すら残らぬほど叩きつぶす私はきっと、恐ろしい生き物なのでしょう。
そもそも「狩人」というものは多かれ少なかれ「命を狩るもの」で……。
とりわけヤーナムの「獣の狩人」はかつて人として意志を持ち生きていた人間が変貌したものを、松明を掲げ、斧を、槍を、鉈をもち追い立てて狩るのですから、とてもとても残酷な事です。
そのような残忍な事を生活の糧としている私は……この笑顔の下、優しい言葉の裏に血と蛮行を隠し、抑えきれない程の暴力衝動を秘めているのでは……と。
笑顔の仮面を被った下に、酷く残虐に振る舞いたいという欲望が常に隠れているのではないかと。
そう思われるのも、無理もない事でしょう。
だけど、そう私は……私は……。
ローゲリウス師の言葉がないと、恐ろしくて歩けない……。
穢れているでもいい、汚く卑しい娼婦の息子だと罵られていても構わない。
そのような言葉と暴力に長く親しみ、そのような暴力と言葉に導かれてきたものだから……そのようにしか、生きていけないから、誰かの言葉に「支配」されていないと、酷く不安になるのです。
今はそう、ローゲリウス師の言葉……「善くありなさい」
ただ一つの言葉に縋り、穢れを全て浄化する事に肉体を捧げる事で私の、この酷い被虐癖……マゾヒズムはかなり抑制されている、と言っても過言ではないでしょう。
不安になっても、不穏になっても、師が「善くあれ」と、その言葉を残してくれたから。
私は善くあるために、不浄な血族を殺す事で……その血族との戦いで身体を切られ、骨を折られ、鼻が折れ鼓膜が破れるような大けがをする事で、自分が「正しいのだ」という……そんな生きてる実感を与えられ、心の均衡を保ってきていました。
ですが……。
「ヤマムラさん……」
首につけた赤い首輪には、涼しい音の鳴る金色の鈴と大仰な錠前が取り付けられ、私の首を支配しておりました。
首輪をつけられ、支配される……。
この鍵をもつのはヤマムラさん……私の精神を捧げると決めた、私だけの「恋人」で「支配者」で「あるじ」でもあるあの人だけです。
私の肉体はそう、ローゲリウス師の言葉に支配され、それに殉教するよう「縛られて」いて……。
そうして血族を狩る、その命令を受け、この人生を縛られている事が心地よく……酷く安心する。
そんなマゾヒストの私がヤマムラさんに出会ったのは、最初はそう「敵」としてでした。
千景をもつ狩人がいる、血族だろう……。
そう思い近づいたヤマムラさんは、あまり語らず、あまり目立たぬ静かな狩人で……私は言葉を交わすうち、あぁ今の肉体はローゲリウス師の言葉に捧げよう、彼の言葉通りに血族を狩り、ローゲリウス師の供物となろう。
そう思っていた私は、この柔和な狩人に「精神(こころ)」を捧げたいと、そう思うようになったのです。
ヤマムラさんに跪き、頭を垂れて使たい……。
肉体は師の言葉に、愛情は、あの人に……首輪をつけて縛られて、あの人だけに支配され、あの人だけのモノになりたい……。
つまるところ、私は……心も体も誰かにより支配されたい。
そんな真性のマゾヒストだったのです。
「ヤマムラさんが帰ってくるまでに掃除をして……せめて綺麗な部屋で過ごしてもらいましょう……」
私は、あなたの「モノ」になりたい。
ヤマムラさんの「所有物」でいい。
だから傍に居させてほしいと望んだ時、あの人は「キミが望むなら」とこの首輪をくれて……二人だけで過ごす時は自分の「モノ」であるとして、私の「主人」となってくれました。
この首輪がはめられた時は、私とあの人は対等ではなく、主と従僕。飼い主と犬。
私はそう、ヤマムラさんの犬だから、あの人が喜ぶ事をして、あの人に虐げられてもいつもすり寄っていなければいけない……。
考えるだけでゾクゾクするような歓喜が身体を包み込み、私はそれで幸せを噛みしめる事ができるのです。
ヤマムラさんが私を支配し、私の意志ではなくヤマムラさんの意志で私を自由に弄ぶ……。
私は、アルフレートという人間ではなく、ヤマムラさんの所有物にすぎない。
その感覚が私のマゾヒズムを酷く刺激して……追い詰められるようなヒリヒリとしたこの関係性の中で私は、生きる希望のようなものを抱く事ができるのです。
死に至るような恐怖と暴力の中、生きる安息を得られるというのはきっと狂っているのでしょうね。
綺麗になった部屋を見て、私はあるじの帰りを待ちわびて……。
あぁこのまま焦らされていつまでも戻らないのなら、私は寂しくて狂ってしまう。あなたに隷属していなければ、心の均衡が乱れてしまう。
普通の人ではいられない。
普通の仮面を被っていられない、私は……。
「戻ったぞ、アルフレート」
ヤマムラさんは買い物袋を抱えて部屋に戻り、私は彼の忠犬としてその荷物をすぐに運ぶ。
「おかえりなさい、ヤマムラさん……あの、私……」
「あぁ、きちんと留守番できたな、偉いぞ」
ヤマムラさんはクシャクシャと頭を撫でた後、穏やかに笑う。
「……さぁ、アル。ご褒美は何がいい? ……甘い砂糖菓子かい? それとも、舌を入れた口づけかい? それとも……その身体に俺という傷痕が残るほど、激しくいたぶられる事をお望みか?」
そして爪をたてながら、私の背中を引き裂くようなイメージでそっと背中をなぞるのです。
あぁ……。
私は間違っていなかった。私は何て幸福な主を選んだのだろう。
私は狂っているけれど、やはりその嗅覚は狂ってはいなかった。
この人は同類だ、私のためにならどこまでも狂気に染まってくれる、そんな優しく激しい獣だ。
「あぁ、全て……全てのアナタを望みます。でもそう、私は奴隷……あなたに隷属を誓ったあなたのための玩具です。だから……あなたの好きになさってください……」
私は彼に跪くと、その指先に口づけをする。
ヤマムラさんは変らず氷ったような笑顔を向けて……その笑顔の奥底に沈む、淀み濁った心の色を見て、私はやっと安心するのです。
あぁどうか、どうかその手で……どうかその手で慰めて。
私の身体は、あなたの手だけで傷つきたいのですから。