>> それでも等しく平等に






 人肌が恋しくなると、私は決まって「懺悔室」に行くのです。
 自らの罪を告白しに。そして、新しい罪をこの身に浴びる為に。

 懺悔を聞く部屋は小さく、大概は神父と……そう呼ばれる男性が一人入って、誰かの懺悔を聞くのです。

 私は……殆どヤーナムの周辺で生活していましたから、彼らの信じる「神」がどのようなものか、実のところよくわかっていません。

 一応は彼らの「聖書」を読んでいるのですが、文化の違いか、風習の違いか……。
 あるいは私は根っからの「ヤーナム野郎」の中でも特別「穢れ」ていますから、神聖なる領域の考えは理解に及ばないのかもしれませんが……。

 ただ、この「懺悔」を聞く男……。
 神父というのは神に捧げられた供物であり妻帯は許されず、色欲が抑制されている事はよく知っていました。

 だから私は懺悔と言い、いつも淫らな体験をなるべく赤裸々に……聞き手の神父が心の情欲を煽るように語るのです。

 そうして狭い懺悔室から出て、すこしぼんやり立っていればいつもそう。
 カソックを脱いで一般人のふりをした男が声をかけてきて……私はその甘い言葉に散々と酔いしれて、肌の温もりを得て眠るのです。

 ……あぁ、でも。どうして。
 何度抱かれても、誰に抱かれても、肌はいつも氷のように冷たかった……。

 交わす言葉はどこか虚ろで、愛の語らいというのはいつも薄っぺらく欺瞞に満ちて……。
 ただ身体に刻まれた快楽だけが毒のように脳髄を痺れさせて、その脳髄を揺さぶるような痺れだけが「楽しいこと」のように思えて……。

 ……獣狩りと、狩りとの間。
 恐怖や不安に狩られた時、一時それをおさめるため、私はよくそういう「真似」をしてきました。

 男娼や娼婦を買うよりずっと安く。
 また神聖なる肉体を求められる神父(かれら)は決して秘密を漏らしたりしませんでしたから安心して夜を任せられるのです。

 そうして汗をかき、快楽に溺れ、甘い吐息を漏らして散々と遊戯に没頭いている間だけ……。
 ……その間だけ、穢れた自分を忘れられたのです。

 穢れた事をしている間だけ、穢れている事を忘れる事ができたなんて……。
 ……できの悪い冗談のようですが、私はそうだったのです。

 あぁ、でも今は。
 今はただ、ただ、穢れて快楽に溺れ、そういう風に生きてきた。
 そんな自分の罪が暴かれ、身体に幾度も刻まれた誰かの爪痕が、噛み傷が明らかになるのが恐ろしい。

 自分で積み重ねた咎なのに。
 それが酷くねたましいのです。

 どうして私はこんなにも「穢れ」ているのだろうと。
 これではいくら「善き事」をしても、とうてい「人」にはなりきれない、と……。

 つまるところ、私は生涯そう、穢れの詰まった傀儡なのです。

 ドブネズミが下水道から出てはいけないように。
 ミミズが土の中から這い出てはいけないように。

 私は、人間のように振る舞ってはいけない「穢れ」だったのです。

 ……あぁ、それなのに。
 それなのに私は知ってしまった、「人間」の優しさ、温もり、幸福を……。
 あの人の手が全てを、溶かしてしまったから。



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 窓を開けたままにしていたから、冷たい風が吹きつけて……安宿の中に風の音がやけに大きく響いていました。
 起き上がるのが億劫だった私はベッドの上から吹き付ける風を浴びて、やたらと青い月を眺めていました。

 月は等しく平等にその光を注いでくれて……。
 あぁ、でもその等しく平等に注がれる愛情というのはこんなにも、穢れて疚しい私を苦しめるのです。

 こんなにも、こんなにも……善きものではない。
 人間でさえない私を……。


 「……寝てるのか、アルフレート」


 ノックの音の後、ドアが開いて何も返事をしなかったのが心配だったのか、ヤマムラさんが部屋へ入ってきた時も、私は寝転んでただ月を眺めていました。

 ……この人は太陽。
 私を等しく平等に、心にある疚しい影すらも照らして包み込もうとする人。

 あぁ、だけどだからこそこの罪深い穢れた身体は、この人は眩しすぎる。
 人ではない私など触れてはいけないのです。聖域(サンクチュアリ)なのです。

 私など……。
 ……私など。

 そんな私の手を引くと、ヤマムラさんは不意に私を抱き寄せてすっかり冷たくなった身体を温めるように、しっかりと抱き留めてくれたのです。

 まるで私がそれを求めているのが分かっているかのように。
 それを求めていながら、酷く恐れているのも全て、わかっているかのように。

 そうして穏やかに笑いながら、冷えた身体を抱きしめて……。


 「あぁ、どうして……どうしてあなたは……」


 何か言いかけて、結局何も言葉にならない私にただ、一言囁くのです。


 「キミが一人で震えているように思えたから……」


 ……この人は、きっと私の罪を知っても、穢れを知っても。
 等しく平等に、愛してくれるのでしょう。

 太陽だから。
 太陽は誰にでも分け隔て無く光を与えて、その深く暗い影を映し出して……。
 私はそんな太陽が酷く恐ろしく思える事があったのに、今は……。


 「……ヤマムラさん、強く、抱いてください。私は……」
 「ん、わかってる……今日は、ずっとこうしていよう……」


 交わした言葉は自然と唇に変り、私はベッドに墜ちてゆく。
 月の光が降り注ぐ中、私は太陽に抱かれて、穢れた心はまるで無かったように溶けて消えていくようで……。

 あぁ、でもきっとそれも錯覚。
 いつまでも、この人を私で縛っていてはいけない。せめてこの人と並んで歩ける為にも、私は「善きもの」として……「人」にならないといけない……いけないから……。

 だけどきっとそうなれた時、私はもう貴方とともにいられないから。
 今はその僅かな温もりで愛されて、私の罪を忘れさせて。

 その温もりで、人ではないこの「ヒトモドキ」に一時でも幸福を……。

 窓から漏れる月の光は、そんな罪深い私にも等しく平等に、青白い輝きを注ぐのでした。






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