>> つや紅






 俺が審神者になって3年たつが、つまりお前もここに来て3年という事だろう。
 祝おうじゃないか、欲しいものはあるか、山姥切国広。

 審神者の言葉に、山姥切は特に返事をしなかった。


 「写しの俺が何をもらっても仕方ないだろう」「どうせ写しだ、何も似合わない」「好きなものも、嫌いなものもない、写しに愛されるのも可愛そうだものな」


 山姥切国広はいつでも自嘲気味にそう言って、欲しいものを聞かせなかった。
 だが口ではそう言ってもプレゼントというのは嬉しいものだろう。
 もしいらなかったら他人にくれればいいし、捨ててしまってもかまわない。

 そう思って俺は、京の職人から紅を買い求めた。
 男に紅とはおかしな贈り物だろうと思うかもしれないが、山姥切国広は俺からみて一等に綺麗な顔をしている刀剣だ。

 きっとよく似合うだろう。
 紅を渡した時、山姥切国広の反応は予想通り冷たいものだった。


 「俺にこれを? ……写しの俺にこんな価値はない」


 そういって受け取る事すら拒絶しようとする。
 そんな山姥切の懐に無理矢理押し込むと。


 「いらないなら友達にでも、兄弟にでもくれちまえばいいだろ。何なら捨てちまってもいいんだ。俺が勝手に好意で渡しただけだから、後は好きにしろ。いつもお前等は戦場で身体張ってんだから、たまには俺にも何かさせろよな?」


 早口でそうまくし立てれば、「主の命令には逆らえない」と思ったのだろう。
 山姥切は僅かに頷いて、その紅を受け取った。

 ……てっきり、もう捨ててしまったのだとばかり思って居たんだがな。


 「兄弟は、はじめて主さまに艶紅をもらった時、なれない指先に紅をつけて、そっと唇に引いてみたりしたんですよ」


 俺がくれた紅をとり、堀川国広が笑う。
 絶対に使わないんじゃないかと思って居た紅はそれでも何度か試してみたのか使ったような痕跡を残していた。


 「その時、僕と兼さんが『似合うよ、カワイイ』なんてはやし立てたから、兄弟はすっかり拗ねてしまって自分の棚にしまいこんでしまったから、もう使ってないと思ってたけど……思ったより減ってるから、僕の見ない所で使ってたんだね」


 見たかったな、兄弟のその顔。
 そうして笑う堀川国広の隣で、山伏国広も頷く。


 「拙僧が兄弟に、紅の差し方を少し手ほどきした。いや、口紅ではなく、目の周りにな。拙僧も普段しているように、自分も紅をさしてみたいとそう言われて……ははは、我が兄弟が目元にさした紅はまるで役者のように華やかであったぞ」


 山伏国広はそう語り終えると、声をつまらせる。


 「……すまぬ、拙僧も未熟故……強く、なれぬ故……明るく兄弟を送り出す事はまだ出来ないよう……だ」


 その傍らには、山姥切国広が横たわっていた。
 もう目を開ける事も、動く事もない。
 審神者である俺が「任」を解けば、たちどころに折れた打刀へと姿をかえる事だろう。

 横たわる山姥切国広は眠っているように安らかで美しい顔をしていたが、その身体の半分はすでにこの本丸にはない。
 敵勢のあまりの多さに、もってかえる余裕がなかったという事、普段から強気な歌仙兼定がいつも以上に落ち込んだ様子で伝えたのは記憶に新しい。


 「酷い顔色だな」


 俺はそう言いながら山姥切国広の頬を撫でる。
 付喪神、人とは違うものなれど、まるでそれは人の死体と同じように土気色の肌へと変貌し、色濃い死を感じさせた。


 「堀川、山伏。兄弟として……紅を、さしてやってくれないか。せめて……綺麗な顔をして送ってやりたい」


 堀川国広も、山伏国広も互い「承った」と礼をして、俺は席を立つ。


 「小一時間ほどしたら、戻ってくる。その時に『任』を解こう。さすれば山姥切国広は人ではなく刀に戻る、折れた刀に……最期のわかれだ、ゆっくりするがいい」


 俺は堀川の兄弟を残し、部屋をでた。
 空はやけに綺麗な星が輝いていたから。


 「畜生が」


 俺は空に唾を吐く。
 美しいもの全てが、今はただ辛い思い出を呼び起こした。


 ・

 ・

 ・


 そろそろ時間だと思い部屋に戻れば、すでに山伏の姿も、堀川の姿もない。
 別れの挨拶を済ませ、人間の身体である山姥切国広がただの折れた刀になる所を見るのは忍びないと思い、早めに部屋から出ていったのだろう。

 あるいは、それを見る事で自分たちが付喪神である以前にただの「武器」であり「モノ」であるというのを見据える程、気持ちが整っていなかったのかもしれない。

 最も、もし兄弟の死に最期まで立ち会うつもりであっても、立ち会わせるつもりは最初からなかったが、これは「最期まで立ち会う事」を拒絶しているというより「あやまって顕在化されている刀剣男子たちに『任を解く』術がきいてしまい、悪い影響を与えかねない」のを懸念しての事である。

 最期に立ち会うのが審神者の役目。
 少なくても俺はそう思っていた。


 「さぁ、お別れだ山姥切」


 そうして彼と向き合えば、そこには「山姥切国広」がいた。
 伏し目がちで、俯いて、いつもどこか斜に構えたコンプレックスの塊みたいな男が、頬に紅をさし、艶やかな唇で……まるで生きてるように、ただ眠っているように見えたから……。


 「……あ、あぁ……」


 嗚咽が漏れる。
 3年過ごした時、交わした言葉が目まぐるしく脳内をかき回し、膝をつく俺の鼻に柔らかな紅の香りが届く。

 それは、艶紅に混ぜられた香料のかおりだろう。
 甘やかで優しく、だがどこか寂しげな山姥切国広に、また末摘花の名にふさわしい荒涼とした香りであった。






 <でぐちこちら。>