>> ささやかな悪戯






 それは日差しの暖かなある日の出来事だった。

 小春日和というのは、きっとこんな日の事を言うのだろう。
 ヘンリックはそんな事を考えながらパンやチーズ、ワインなどを買い込んで相棒・ガスコインの塒へと向かっていた。

 今日は特に狩りに出るような依頼もない。
 午前中に武器の手入れは殆ど終えてしまったし、常連の装飾品店は一人娘の初産が近いからという理由でしばらく店を休むという。

 こんな日は狩人同士で情報交換をするか、狩人とは無関係の仕事など−−それは冒険者のするような人探しの依頼や、浮気調査なんていうケチな仕事が多かったが−−そんなものをこなして日銭を稼ぐのだが、ここ最近は狩りの仕事で随分実入りがあったからそんな小さな仕事をこなさなくともしばらくは何ら不自由なく生活できそうだった。

 そうなると、この空白の時間をどうしても持て余してしまう。
 普段なら本を読むなりカモになりそうな狩人あるいは冒険者を捕まえてイカサマのカードゲームをしかけて金を巻き上げたりして時間を潰していたのだが、この天気で部屋にこもっているのもつまらない。

 そう思ったヘンリックは、相棒であるガスコインの元へ向かう事を思い立ったのだ。

 異邦人であるガスコインは、ヤーナムを拠点にしているが宿をとっての生活をしていない。
 それは彼がまだヤーナムに来たばかりの新米の狩人で、ろくな狩り装束もなければ銃すらもたず斧だけ振るい闇雲に戦い、僅かに得た金で装備を治し食事をすればその日の稼ぎが殆どが水泡に帰すという赤貧生活であるため、宿をとる程の金を稼いでいないのが主たる原因だっただろう。

 塒に困ったガスコインは、この街の聖堂街にはうち捨てられた教会が思いの外多い事を知り、そのうちの小さな、だがすこし直せば雨風しのげそうな場所を見つけ、気付いた時にはそこを住処にしていた。

 教会なんて抹香臭い場所に常時いるのはヘンリックは御免だったが、元より「神父」であったガスコインは教会の雰囲気に包まれている方が落ち着くのだろう。
 彼はその場所で寝泊まりしながら、時々彼の国にある聖書の物語を子供たちに聞かせて日々を過ごしているのだと聞く。

 大柄な荒くれ者にしては実に静かでささやかな過ごし方だな、とヘンリックは思っていた。

 その相棒(とも)の塒に、ヘンリックはその日初めて訪れた。
 以前から噂には聞いていたが、教会という場所はどうにも性に合わずなかなか行く機会がなかったのだ。


 (一応土産はこれでいいか……? 誰かの家に行くなんて久しぶりだからな……)


 歩きながら、ヘンリックは何度も紙袋の中身を確認する。
 ガスコインは「神父」の肩書を持つが、ヤーナムに来るずっと以前に「神父」としての肩書は捨てているという。今彼が「神父」と呼ばれるのは、あだ名のようなものだろう。
 だから肉を食べようが酒を飲もうが女を抱こうが、今の彼には関係がない。

 パンやチーズ、ワインといった嗜好品はあって困るものでもない。
 心配しなくても土産としては充分な代物だろうが、喜んでもらえるかどうか気になって仕方がない。

 これで手土産をわたす相手が女性であれば、花束や香水、流行りのイヤリングや口紅など喜びそうなものを一通り心得ているのだが……。


 (相棒にやる手土産に気を遣うなんて、全くどうかしてるな)


 ヘンリックは内心そう思い、足早に目的地へと向かう。
 するとどうだろう。
 噂に聞くガスコインの塒……廃屋を改築した小さな教会には、その日沢山の子供たちが集まっていた。


 (どういう事だ……?)


 不思議に思いそばによれば、子供たちは小さなマントをつけたり、カボチャの帽子をかぶったり……それぞれまるでお伽噺にでる妖精や魔物の仮装をして、みなしきりに。
 「トリック・オア・トリート! トリック・オア・トリート!」
 おかしか、悪戯かと騒ぎ立てているのだ。

 一体何がどうなっているのか把握出来ずその喧騒を見守っていれば、程なくしてガスコインが……彼もまた帽子に狼の耳を、ズボンに狼の尻尾をつけて、カゴいっぱいにはいったお菓子をもって現れた。


 「おぅ! 並べよガキんちょども。今、カボチャのクッキーとキャンディをやるからな。並べ並べ! 心配しなくても全員ぶんあるぞ……オラッ、そこのガキっ! カゴからかってにお菓子を取るんじゃねぇや、意地汚ぇな……」


 ガスコインはそういい、子供たちを一列に並べ次から次へとお菓子を配っていく。
 そのあまりに奇妙な光景に。


 「何やってるんだガスコイン……」


 ヘンリックはそう聞かずにはいられなかった。


 「ぎゃおおおっ! あー、何だ脅かすなヘンリック、きてたのか?」


 突然背後から声をかけられてよほど驚いたのか、大げさに声をあげる。
 その叫び越えまでまるで狼のようだなと思い、ヘンリックはマスクの下、密かに笑顔となっていた。


 「驚いたぜ、お前は教会みたいな抹香臭ぇ場所は苦手だって言ってたから、俺の借宿なんてこないかと思ってたんだが」
 「今日は天気もいいからと思ってちょっと様子をな……それより、コレは何の催しだ?」


 首をかしげるヘンリックに、ガスコインは「あー」とすこし唸ってから手短に説明をした。


 「こりゃ、俺が神父だった頃の……いわゆるお遊びイベントだな。子供たちが悪魔に仮装をして、お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ! と脅かす。脅かされた大人は、悪戯されたらたまらんとお菓子を差し出す……そんなイベントだよ」
 「へぇ……お前の故郷では随分変ったイベントがあるんだな」
 「一応、言われはあるんだぜ。この時期は死者の国が扉が開き、神の元に赴いた御霊が戻ってくるから盛大に祝うとか……天使を欺き、地獄にも天国にもいけなくなった悲しきジャックがランタン掲げやってくるとか……」


 ガスコインの端的な説明を受け、ヘンリックは何とはなしに納得する。

 ……おそらくこれも収穫祭の一種か何かだろう。
 秋は実りの秋であり収穫の秋である。畑を耕しそれを生業にする人間にとって、一番豊かに食物がある時期とも言えよう。
 その時期にこういう催しをおこない、次の収穫を祈る……どこの世界にでもある風習が、ガスコインの土地では「子供にお菓子を配る」という形になっているのだろう。
 特に、砂糖は貴重だ。1年に一度、こういう時でなければ口に出来ないのだろう。


 「なるほど、事態は理解した……手伝うか?」
 「いいのか相棒? ……だったら子供たちに配るお菓子を袋詰めしてくれ。昨日焼けるだけは焼いたんだが、袋詰めまで間に合わなくてな。キャンディが一つ、クッキーが二つだ。頼んだぜ」


 ガスコインに言われ、ヘンリックはガスコインが住処へと立ち入る。
 モノが少ないためか、驚くほど部屋は綺麗に整っていた。
 いや、あるいは目の悪いガスコインだ。あまり余計なモノがあると動くのに支障があるから、あえてモノを少なくして生活しているのかもしれない。

 だがそれでも厨房は立派なもので、一丁前に薪のオーブンまでついていた。
 ……このオーブンで、昨日ガスコインがせっせと小麦粉を練りクッキーを焼いていたのかと思うとなかなか滑稽な気がするが、本人は必死なのだからそうは思わないでやろう。


 「よし、クッキーがふたつ、キャンディが一つだな」


 ヘンリックは腕まくりすると、手早くお菓子の袋詰めを始める。
 そうしてる間にも外には子供たちが集まり 「トリック・オア・トリート」「トリック・オア・トリート」そうやってはやし立てるのだった。


 ……仮装した子供たちにおやつを分け与え、すっかり静かになる頃は夕方にさしかかっていただろう。


 「おう、もう大丈夫だぜヘンリック。お疲れさん!」


 空っぽになったカゴをテーブルに放ると、ガスコインはヘンリックの肩を2,3度叩いて労いの言葉をかける。


 「あぁ……いや、しかしいつもこんな事やってるのか、お前?」
 「いつもじゃねぇよ! でも……うーん、何つーか、ヤーナムは……親が獣の病になったとか、親が狩人になったがそのまま戻らなかったとか……そんな理由で孤児や、片親ってのが随分と多いみてぇなんだ」


 ガスコインは自分のつけていた獣の耳と尻尾をはずし、それもまたテーブルに放り投げる。
 よく見ればそれは本物の狼からはいできた皮のようだった。
 随分本格的だとは思ったが、子供に対してそんな「仮装」でいいのか……そう思わない事もないが、ガスコインの善意からしてみればこんな事些細なものだろう。


 「いつも腹ぁへらしたガキが多くて……パンも食えない奴も少なくねぇ。ヤーナムは見ての通り、都市といっていい規模だろ? それだってのに、獣の病が対応に手一杯でこういう孤児に対してのサポートが行き届いてねぇんだよな……」
 「それをお前が変ってやってる、と?」
 「まさか。俺だって毎日のパンを食うのもやっとだぜ? ……とはいえ、たまにはガキを笑わせてやらねぇとな」


 ガスコインはその場に腰を下ろすと、深いため息を一つついた。


 「ヤーナムは……俺のように流れの荒くれ者だって歓迎はしねぇが、素性を気にせず受け入れてはくれる……だが、獣の病があまりにも大きな存在すぎて、街で飢えてるガキに目を向ける奴なんていねぇ……俺がやらなきゃってワケじゃねーんだと、頭でわかってんだが……染みついちまった『神の教え』とやらが、どーも見ないフリを許してくれねーんだ」


 そしてばりばり頭を掻くと。


 「全く、何の得もしない性分だよなァ? ……これでまた狩り道具を買う金が遠のいたって奴だ。俺ぁいつになったら銃が持てるんだろうな、相棒」


 その言葉に、ヘンリックは声を漏らし笑う。


 「さぁな、相棒。まぁ気長にいけ……心配するな。おまえが俺の相棒である限り、お前が死ぬようなへまはしないしさせない。安心して俺に命を預けてくれ……なぁに、長生きしてれば散弾銃でも短銃でも、好きな奴が買えるさ」


 そしてガスコインが何でも放り投げていたテーブルの上に、手土産であるパンやチーズを置く。


 「ひとまず、今日のおまえの晩飯はここに置いておく。いくらお前でも今日、自分が喰うぶんまで子供たちに施してはいないと思うが……」
 「おっ、ありがてぇ! ……実は菓子に使う砂糖と小麦粉、カボチャなんかですっかり金使い果たしちまって、今日は水と塩で何とか凌ごうと思ってた所だったんだぜ!」


 ……まさかそこまでとは思っていなかったが、どうやらガスコインはヘンリックが予想していた以上に「底抜けの」バカかあるいはお人好しなのだろう。
 だがヘンリックは、自分には出来ない事を平気でやってのけるこの底抜けのバカでお人好しが嫌いではなかった。


 「……それじゃぁ、パンとチーズはここにおいておこう。今日の晩餐にしてくれ。ワインもあるが、ほどほどにな」
 「おう、ありがとう! ……おっとそうだ」


 ガスコインはポケットから、一つ包みを取り出す。
 それは子供たちに配っていたクッキーとキャンディと同じものだった。


 「これ、飯の礼にはならねーけど手伝ってくれた礼だ! 受け取ってくれ」
 「あぁ、悪いな」


 ヘンリックはお菓子を手にして、子供たちのはやし立てる声を思い出す。
 トリック・オア・トリート。お菓子か、悪戯か……。


 「……しかしお前にお菓子をもらって、俺はお菓子の準備がない」
 「ん? 別にいいぜ。手伝ってくれたんだから」


 そうこたえるガスコインの懐へと入ると、ヘンリックは彼の手をとり、その手を自分の胸に当てた。


 「……俺はお菓子の持ち合わせがない。どうするガスコイン……悪戯してくれるか?」


 そして悪戯っぽく微笑むと、マスクの上からガスコインに口づけをしてみせた。


 「なぁっ、に、いって、おまっ……」


 ガスコインはすぐ真っ赤になり、手をばたばたと動かして見せる。
 そんな姿を見てヘンリックは。


 「冗談だ……ハッピーハロウィン! で、いいかな」


 そう呟いて、夕暮れの街へと消える。


 「何だよあいつ、ハロウィン知ってんじゃねぇか……」


 ガスコインはその場に座り込んだまま、その手を見つめる。
 その手には、まだヘンリックの温もりと匂いが残っていた。






 <でぐちこちら。>