>> テーブルにいっぱい並べて
色とりどりの飾りをつけて、ヤーナムにもクリスマスツリーが立つ。
聖誕祭という概念は医療教会にはないが、ヤーナムにも異邦人の狩人は多い。
彼らの多くは聖誕祭を重要な日と位置づけ讃え祈る事を欠かさなかったため、本来その概念をもたないヤーナムでも自然とその日を特別なイベントとして受け入れるようになっていた。
露天には入念に焼かれ特性のたれに漬け込んだチキンやら、アップリケのように彩りも眩しいクッキーやら、厚手のパウンドケーキやら様々なご馳走が並び、町のそこここで鈴の音を鳴らす子供たちが走り回っている。
街角にはリュートを掲げ、賛美歌などを歌う吟遊詩人が現われ一曲どうかと問いかけてきた。
医療教会は信仰の対象ではあるが具体的な神を持ち得ているのかといえばそうでもない。
故に異教の祭にも幾分か寛容だったのだ。
そんな浮かれた町の中、アルフレートは一人宿へと急いでいた。
血族を狩る為、情報に錯綜する……血族狩りの仕事は聖誕祭であろうと代わりない。
処刑隊の活躍によりカインハーストの道は閉ざされ、血族の長アンナリーゼもまた封じられた。だがそれ以前より「血族」だったものは? その末裔たちは? おそらく今だ安穏と生活をしているか、あるいはカインハーストゆずりの懐古主義で退廃的な血と叫びに彩られた狩りをしているのだろう。
そう思うだけで処刑隊の装束をまとうアルフレートは行き場のない怒りを覚え、それが彼を「血の狩人」と言わしめる原動力となっていた。
しかしそれも徒労に終った。
処刑隊の活躍も最早伝説になろうという程月日がたっており、血族の行く末を知る者もいない。
カインハーストの末裔と思しきものはいくらか居たが、今はただの市民として普通の……あるいはそれ以下の生活をしている。
血族の末裔、それだけでヤーナムでは差別の対象なのだ、虐げられながらも懸命に生きる人間をあえて血族と晒して討つほどアルフレートも愚かな男ではなかった。
いや……。
あるいは、アルフレート自身「気付いていた」のかもしれない。
自分が幼少期、差別され虐げられていた記憶とヤーナムに住む血族が末裔の置かれている境遇が、あまりに似通っている事に。
最もアルフレートはそれについて、意図して考えないようにしてきたが……。
帰路を急ぐアルフレートの元に良い香りが漂ってきたのは、宿まで残り僅かといった所だろう。
見れば露天では普段出ないようなご馳走がテーブルに溢れる程に並んでいる。
(あぁ、今日は聖誕祭か……)
頭の中が血族狩り一色になっていたアルフレートの元に、ようやく町を見渡す余裕が戻ってきた。
露天には焼きたてのチキンだけではない。
普段は出ないようなレーズンたっぷりのパンや、上等の葡萄酒、綺麗な紙に包まれたキャンディがガラスの入れ物に詰め込まれている。
お伽噺の晩餐会をそのままにしたような光景がそこここに広がっていて、アルフレートの腹が「ぐぅ」と音をたててなる。そういえば昼から殆ど水しか口に含んでない事をアルフレートは思い出し、夕食用にすこし、たまには露天の食事をテイクアウトするのもいいだろう、そう考え良さそうな店の前へと訪れた。
「いらっしゃい!」
聖誕祭はヤーナムにも浸透しており、今日は特別忙しいのだろう。
炭火で焼き色をつけたチキンのもも肉はたっぷりとソースがかかりすぐにでもかぶりつきたくなるほど魅力的だ。
「あぁ、いいにおいだ、それを……」
かってすぐに食べてしまおう。
そう思うアルフレートの脳裏に、宿にいるヤマムラの姿が浮かぶ。
……ヤマムラに土産として買っていったら喜ぶだろうか。
彼は東洋人だ、聖誕祭については知らないだろう。アルフレートも聖誕祭を祝う習慣はないが、それでもヤマムラより詳しいはずだ。
「それを、二つ。土産にしたいから包んでください」
アルフレートの頼みに、店主は快く二つ、特別厚手のもも肉のあつあつを包んでくれた。
「彼女との夜かい? いい聖誕祭を」
店主の言葉に、アルフレートは曖昧に笑う。
彼女ではない、だが大切な人との夜だ。
それからアルフレートはワインの露天を回り、キャンディやクッキー、お菓子の露天を見てまわり、全て二つ手土産にして宿へ急ぎ戻っていった。
……ヤマムラは、喜んでくれるだろうか?
そんな事を思いながら、暖かな料理を胸に抱いて。
「あぁ、おかえりアルフレート。遅かったね」
部屋に戻ったアルフレートの目に入ったのは、穏やかな笑みを浮かべながら本を読むヤマムラと、テーブルにはのりきらない程あるごちそうの山だった。
ローストチキンにサラダ、スープ。
葡萄酒は赤と白、両方準備されており籠にはいっぱいのパンが乗せられていた。
「今日は聖誕祭なんだろう? 連盟にヘンリックという人がいて……彼の相棒が元・神父だそうで、その人にとっては大事な日だと聞いていて……聖誕祭なんて慣れない言葉だけど、喜んでもらえるかと思って朝から街をまわったりしたんだ、どうかな?」
「ふぇっ!? あ、ど、どうか、な……って」
どうやらアルフレートが思っていた以上に「連盟」というのは互い情報交換が盛んらしい。
だがまさか聖誕祭を知っていて、朝から準備してくれているとは思わなかったから。
「ど、ど、どうしましょう、私、今日が聖誕祭だからって、露天で、いっぱい……食べ物を買ってきてしまいました、二人ぶん……」
アルフレートはそういいながら、袋に入った沢山のご馳走を取り出す。
そして。
「あ、あの、ヤマムラさんが準備してくれたんなら! 私はそれをいただきますから、これはその、捨てちゃっていいです、はい!」
困ったような、泣き出しそうな、そんな顔をしながら慌てふためくものだから、ヤマムラはすこし笑うとアルフレートの買ってきたご馳走もテーブルへと並べ始めた。
「いいだろ? アルが買ってきてくれたんだから、食べられるだけ食べよう」
「で、でもっ……」
「それとも、知り合いを呼んでもっと大々的なパーティにするかい? ……それでもいいなら誰か呼ぶけど」
「あっ……そ、それは……イヤです。私、ヤマムラさんと二人がいい……」
アルフレートは顔を真っ赤にしながら俯くと、ヤマムラはそんな彼の肩を抱きそっと頬に手を当てた。
「さぁ、そんな泣きそうな顔はやめてくれ。俺は、キミに喜んでほしくて朝から頑張ったんだよ?」
「うー、でも。何だろ私……恥ずかしい……」
「笑ってほしいんだ、俺は」
ヤマムラは再びそう告げると、アルフレートと唇を重ねる。
まるで蝶が羽を休めるように優しいと思った唇はすぐに情熱的にアルフレートを望み、貪るようその舌を、唇をかき乱した。
「んっ、んぅ……やめ、てくださっ……ヤマムラさん、私、そんな事されたらっ……本気に……なっちゃいます……」
「俺はとっくに本気なんだが、悠長な事だ……ふふ、笑ってくれるかい? アルフレート」
「……はい」
アルフレートは真っ赤になり、ヤマムラの胸元に顔を埋める。
するとすぐにヤマムラが、彼の身体を包み込むよう抱きしめた。
「いいじゃないか、お互いを思い沢山の料理を買ってきてしまった食卓。こんなに幸せな事があるか。なぁ、アルフレート。食べきれなくても明日は弁当にするようちゃんとこしらえるから、困った顔をしないで、笑顔でいてくれ。いいだろう、聖誕祭なんだから」
「そう……ですね、聖誕祭ですから」
アルフレートはそう呟き、ようやく顔をあげる。
その顔が暖かな笑顔に満ちあふれていたという事は、今更告げるまでもないだろう。